「やはり見えると行動が楽でいいな」 そんな事を呟きながら足を進めると、先程の小屋が見えてくる。 見えなかったときは気付かなかったが、昂遠の立つ場から小屋までさほど距離は離れていないらしい。小屋の戸から昂遠の背までは僅か二十数歩の距離である。 その事に内心仰天しつつも、ハタと頭を切り替えると鍬(くわ)を探しに小屋の中へと戻ることにした。 「・・見えるのは嬉しいが、この光景は嬉しくない。それにしても本当にどれもこれも人間ばかりだな。獣の耳の奴が誰もいない」 ブツブツと呟きながら、小屋の奥にある鍬(くわ)を両手に持つとまた昂遠の所へと戻っていった。 「・・・ああ・・ん？」 「・・・？」 伏し目がちに鍬を受け取る昂遠の目が丸くなる。 「？」 その表情に遠雷の眉間の皺が深くなった。 「お前・・その眼・・」 「ああ。これか」 遠雷は盲目と言うこともあって、眼を開ける事は滅多にない。開いたとしても眼球は黒目が濁り全てが灰色に染まりきっている。 だが、今の彼の瞳は透き通った空色に変化し、時折、水滴が風に揺れるようにつるんと動くのだ。 「俺の妖気を直に溜めて目に移したんだ。でも長くは持たないよ」 「・・・すまん」 「何故、お前が謝る？」 「その術はお前にかなりの負担を強いる・・それに」 昂遠の目に後悔の念が滲み出ている。遠雷の使うこの術は妖怪の中でも限られたものにしか使えない奇術のひとつで、自身の妖気を一時的に高めた後に大気を混ぜ込み、自分の体に無理やり取り込んで必要な部分の能力を一定時間上げるというものである。 当然、自分の妖気とは別に無理やりねじ込む様に神気を入れて移動させるため、その術を使う者はとてつもない疲労感に襲われ、酷い時はそのまま気を失ってしまう。 致命傷には至らずとも確実に負担を強いる為、遠雷自身もこの術を使う事はあまりない。 本来であれば、使用する必要の無い術を使わせてしまっている事を昂遠は詫びているのだと分かったが、遠雷は何も言わず、ただ黙って鍬で土を探り始めた。 「早くしよう。じきに雨が降る」 「・・・ああ」 「場所は・・ここが良いな。ここの土は他に比べて柔らかい。全員の亡骸を埋めるんだ。ぐちぐち言ってる暇はないぞ、兄者殿」 「・・・ああ。そうだな。早く寝かせてあげよう」 「ああ」 そこから二名はただ黙ってひたすら土を掘り続けた。適当に場所を決め、数か所に分けて土を掘っては深い穴をいくつもこしらえていく。 五つほどの穴が出来上がったところで、こんどは適当な場所に鍬を置くと、二名は亡骸に近付き拝礼の姿勢を取ると、今度は同時に一人の身体を持ち上げた。 「うっ・・」 遠雷が腋から両手を差し出し、昂遠は足を持つ。その態勢を保ちつつ、どうにかして持ち上げたは良いものの、生きている人間とは違いずっしりとした重みと独特な臭いに、遠雷の眉間に皺が寄った。 「おっ・・重い・・」 「大丈夫か？おい！あんまり揺らすな！」 「・・・ぐっ」 ヨロヨロとおぼつかない足取りで穴へと近づく遠雷の顔が赤くなったり青くなったりと忙しい。唇をグッと噛みながら何かに耐える遠雷を前にして昂遠はギョッとしたような表情で亡骸と遠雷を交互に見た。 「おい。吐くなよ。吐くのなら他所へ行け」 「・・ぐぅ」 「一度寝かせるから、下ろしてくれ」 「大丈夫だ。続けよう・・」 遠雷の声に昂遠は苦い表情を隠せないでいる。青い顔をそのままに二名は黙々と遺体を持ち上げては穴へと寝かせていった。 すると段々慣れてきたのか、青白かったはずの遠雷の顔に色が戻り、それを前にして昂遠もまたホッと息を吐いたのである。 何名かの亡骸を穴へと埋めていくうちに、昂遠の視線がある場所へと向かった。 その視線に気づいた遠雷もまた同じ方向を見ようと顔を向けている。 よく見るとそれは少し前に見かけた女の亡骸であった。 「遠雷」 「何だ？」 「膝を立てたままのこの女性は・・どうする？横に寝かせるか？」 「骨を折るしかないだろう」 「・・・・・・」 重い溜息を何度も吐きながら、昂遠が女性に近づくと露に濡れた頬が目に留まった。 彼は女の首筋を通る蟻を手で払いながら、ポツリと呟いて遠雷を見た。 「・・・・襲われたのはもうこれで何人目になる？」 「まだ小屋にもいるぞ」 「・・・そうか」 ふと昂遠の頭上に影が差す。その影に「ん？」と彼が顔を上げれば、女性の足に近づく遠雷の背が見えた。 「目を閉じて顔を背けていろ・・俺がする」 「すまない」 返答を返す前に鈍い音が微かに聞こえ、その音に昂遠の眉が僅かに動いた。 「折ってしまったからな。俺が横抱きにして寝かせるよ」 「いいのか？」 「俺が折ってしまったんだ。穴に入って俺が寝かせないと・・」 「そう・・か。そうだな・・」 「よっと」 遠雷の声に昂遠が顔を上げれば、女を横抱きにした彼の肩が視界に入った。 白かったはずの衣は土と泥ですっかりと汚れてしまっている。