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先ほどまで激しく降っていた雨は止み、空には灰色の雲が浮かんでいる。 『・・・俺の妖力も強くなったものだ。以前は一刻ほどで見えなくなっていたが、何とか夜までもってくれた』 そう呟いて遠雷は二、三度瞬きを繰り返した。すると水滴のように美しかった瞳が濁り、闇が全てを覆っていく。 「・・・完全に見えるようになれば、それが一番良いのだろうが・・見えなくとも感じられるものは数多くある。虫の音や風の揺らめきという名の美しい旋律だって酒を手にすれば立派な酒宴に変わるだけさ。この独特な薄闇も慣れてしまえば問題ない」 残るのは寂しさだけか・・とポツリと呟きながら、彼は昼間に見かけてそのままとなっていた場所へと向かうことにした。 土がこんもりと盛られた地へ近づけば、赤紫色の煙がシュウシュウと吹き出す音が絶えず聞こえてくる。 『禍々しい光を放っているはずなのに臭気は感じない。けれど香気でもない。この妙な気配は何だ?』 遠雷はもしやこれは蟲毒ではないのか?と、一瞬背筋を凍らせたが 『いや、待てよ。煙も盛った土の中から噴き出しているようだし、その煙は俺たちがこの地に足を踏み入れた時から既に広がっていた。蟲毒と一口にいっても数多くの種類があるし、造り方も皆違う。いきなり決めつけるのは良くないな』 と思い直し、瓢箪の酒を三口飲んだ。 『この周辺に倒れていた者は皆、俺と昂が残らず見つけて埋葬した。本来であれば燃やすのが通例だが煙は出せぬし、かといってあれだけ大勢の棺桶を用意するのは時間がかかる。 だが・・・あの煙、何処かで・・?』 「!?」 瓢箪に口を付けたまま、ぼんやりと佇む遠雷の前を突如鋭い風が吹き抜けた。 ひんやりと伝う風が遠雷の頬を撫で、切られて落ちた前髪が数本、土へと吸い込まれていく。 「・・・・・・・・・・・・・・」 遠雷は微動だにせず、眼を閉じたまま瓢箪の酒をごくごくと浴びるように飲んでいる。 やがて、瓢箪の酒が尽きるとそれを後方に投げ捨てた。 「・・・さて。今日の俺はすこぶる機嫌が悪い。最悪と言ってもいい」 遠雷の髪を落した者からは何の反応も返って来ない。遠雷は右耳を下方に向けて俯くと音を拾うように耳を澄ましてみたが、気配があるだけで音を拾うことが出来なかった。 「俺だけならば、まだ良い。だがな、あいつを悲しませたことは到底許せるものじゃない」 遠雷の声が、少しずつ低くなっていく。彼の背後をザワザワと黒い影が這い出している。 遠雷は目を閉じたまま、右耳を下方に向けると深く息を吸い吐いた。 ふうと一息ついたかと思えば、彼はバッと踵を返し、黒い影に向かって指を上下に動かした。 筆で字を書く仕草を繰り返し、やがて文字の最後を記すようにヒュゥと横一文字に指を滑らせると、黒い影にキラキラと淡く光る文字が浮かび上がった。 黒い墨字が一瞬にして青白い光を放ちながら鎖のような形に変わり、影を封じていく。すると、封じられた側からギチギチと身を捩る様に黒い影が揺らいだ。 「おいおい、つれねえなぁ。逃げるんじゃねえよ」 ハッと乾いた笑いを噛み殺しながら、遠雷が黒い影に向かって腕を伸ばすと、封じた鎖文字の隙間を縫うように黒い影がビュンと伸び、針のように尖っていく。 針のように伸びたその腕は迷うことなく遠雷の首へと飛び掛かった。 「上等」 遠雷の指が琴を奏でるような仕草へと変わり、ピンと弦を弾くような滑らかな動きが空を裂く度に影の針が避けていく。 相手と剣先を交わし、薙ぎ払う一連の動作を彷彿とさせるその動きは速く、彼の銀色の髪がさらりと揺れた。

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