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遠雷が触れる度に、ピチピチと細かい粒子が逃げるように避けていく。
「・・・運が悪かったよなぁ・・そんじゃそこらの僧だったら気が付かなかったかもしれねえが、生憎、俺にはもう一つ、眼があってな」
そう呟くと、眼を見開いた遠雷の額からグググと二本の角が生えていく。角が生えた瞬間、彼を包み込むように青白い炎が現れ、黒い影へと襲い掛かった。
「ギィ・・ガァアアァ!!」
青白い炎が影の腕を伝い、進む度にガチガチと影の口が大きく動いた。
何とかして逃れようと遠雷の腕に噛みつくも青い炎が邪魔をして噛みつくことが出来ない。
「・・・熱いか?たんと喰え」
ブスブスと粒子が燃える度に、生き物特有の生臭い臭気が鼻を突く。
焦げた臭いが充満し、赤黒い煙を吐き出しながら、黒い人影がもがき苦しんでいる。どうにかしてここを離れようと身を捩るものの、遠雷の書いた文字が影の全身を封じている為、上手く逃げることが出来ない。
「・・・・・・・・・・・」
けれど、遠雷の表情は変わらず、何処か冷めたような目線で相手を眺めている。
「・・ギ・・!」
最初は黒く固まった粒子であったが、よく見るとそれは口を大きく開けて藻掻く、焼け爛れた人間の顔に見えた。
「ギ・・ガ・・・ダズ・・」
ガラガラとしわがれた声が聞こえる。
「ふうん?」
「ガ・・・」
「ここで死んでた奴らも、みぃんな同じ事思って逝っただろうよ」
「・・・ガ・・・」
黒い影がもがき苦しむ人間の形へと変化を遂げていく。眼球はくり抜かれ、その闇からは蟻や百足と言った数多くの蟲たちが、青い炎から逃れようと這い出している。
蜘蛛や蟻といった虫が少しずつ黒い粒子を作りだし、やがて腕の形に変化を遂げると遠雷に向かって我先にと飛び出した。
「ギ・・ガァアアァアア!」
遠雷の表情は変わらない。直立不動の姿勢で攻撃を待っている。
彼は埋葬した人間たちの事を深く想い、ゆっくりと目を閉じると影の心臓部に向かって腕を差し込んでいった。
差し込む度に細かな粒子がピチピチと肌を刺しながら避けていく。
「悪いな」
ビリビリと緊張が増す最中、遠雷は閉じていた眼を大きく見開くとグッと唇を強く噛み、勢いよく差し込んでいた腕をズブッと引き抜いた。
途端に、黒い影が金切り声を上げながらジュウジュウと溶けていく。
影が膝から崩れ、顔を覆うような仕草をしていたが、やがて炭となって灰色の空へと溶けるように消えて行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
焦げたその地に存在を残すように曼珠沙華の華がふわりと浮かび、風と共に散っていく。
灰色に染まる視界に浮かび上がる様に咲いた赤いその花をジッと眺めながら、遠雷は自身が掴んだ物を見ようとそれを持ち上げた。
「・・・・・・これは・・・・」
「酷い臭いだな・・」
「・・あ」
流れる雲と雲の隙間から覗く月が遠雷をぼんやりと映し出している。
淡く光る月は優しく、昂遠は戸にもたれ掛かったまま、彼の動きをジッと眺めていたが特に何も言わず、自身も手にしていた瓢箪の酒をごくりと飲んだ。
「・・・どうだった?」
遠雷の額から伸びた角はピンと尖り、眼球は透けるような赤へと変わっている。
「最悪な気分だ」
瓢箪に口を付けたまま遠雷が言う。
「だろうな。・・お前のその姿を見るのは久しぶりだ」
フフフと笑みを浮かべて話す昂遠の声は優しく、どこか温かさを含んでいる。
遠雷はそんな昂遠をちらりと見たが、すぐにプイッと顔を逸らした。
「・・・俺は機嫌が悪かった。それだけだ」
「・・今は?」
「もっと、最悪な気分だ」
「・・そうか」
昂遠の視線が盛られた土へと向かう。
絶えず赤紫色の煙をシュウシュウと吹き出す様をジッと眺めていたが、そのままゆっくりと遠雷の立つ方向へと視線を戻した。
「それは?」
「?」
「お前の手にしているそれは何だったんだ?」
「・・これか・・」
「ああ」
遠雷は俯いて自身の手を眺めていたが、何か心当たりがあるらしく、返答以外の言葉を発そうとはしなかった為、昂遠もそれ以上の事を聞こうとはしなかった。
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