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「戻ろう。風邪をひく」 昂遠の声に遠雷が頷く。 「ああ」 「風呂、入りたいだろ?」 「・・ああ」 「浸からなくていいなら、すぐ用意できるが?」 「・・・頼む」 「分かった」 そう話し先に小屋に戻る昂遠を遠雷はジッと眺めていたが、やがて空へと視線を向けた。 灰色の雲がゆっくりと進み、雲と雲の切れ間から覗く月光が彼の道を照らし、澄んだ風が銀色の髪を梳いていく。 「・・・・教か」 呟いた声は揺れる草に紛れ、そして何も聞こえなくなった。 「お前、何をしている?」 「んん?見て分からんのか。書を探してる」 「書だと?」 あれから、伸びた角と赤い目をそのままにひたすら湯を浴びて、新しい服へと着替えた遠雷がゴソゴソと家の中を探り始めて数分が経過した。 家の中の隅々まで覗いたかと思えば、どこからか竹簡を取り出し卓へと積み上げている。 「ああ。書だ。あるはずなんだ」 竹簡を手に飄々とそんな事を言ってのける遠雷に溜め息を吐いた昂遠であったが、よくよく彼を見てみれば、先程に比べて彼の(フトコロ)がこんもりと膨らみ、袖もずっしりと重そうである。 「おい。遠雷」 「なんだ?」 「その袖と(フトコロ)の物は何だ?」 「ああ。これか、金と金と薬だ」 昂遠の問いに書物を一度棚に置いた遠雷が、懐から銀貨をじゃらりと取り出すと、これ以上に無い程の笑顔でニッコリと笑っている。 「待て待て待て!」 遠雷の笑顔に一瞬たじろいだ昂遠はブンブンと首を左右に振ると、大股でズカズカと遠雷の側まで向かい、がっしりとその手首を掴んだ。 姿は変われど、相変わらずほっそりとしていて折れそうな肌である。 「どうした?そんなに慌てなくとも、金子は山分けにするぞ。まだ他にも金に出来そうなものがあるかもしれん。探さなくてはな」 そんな事を言いながら、ぺしっと昂遠の手を払いのけると今度は棚に足をかけて上り始めたではないか。 物盗りと変わらぬその仕草を前にして、流石の彼も頭にきた。 「ちょっと待て!」 昂遠の声なぞどこ吹く風の義弟は、ひょいっと棚の上に上ると慣れた様子で天上の板をガタガタと押しのけている。 「大体どこの家も大事なものは屋根の真下に隠しているものだ。ん~何か目ぼしいものはないものかなぁ」 「おい!降りろ!」 「家だって誰も住まねばいずれは朽ちる。その前に家の中を綺麗に片して家の柱だけでも持って帰ろうじゃないか。なぁ、兄弟」 「・・は?」 「見たところ、この小屋の木はなかなか丈夫だ。この木を持って帰って我が家に使えば隙間風と雨漏れに悩まされる日々とはオサラバできるぞ」 「・・・降りろ」 静かに呟いた昂遠の全身からビリビリと緊張感が走る。俯いたまま、怒りを押し殺すように話す彼の声は笑っていない。その肩を遠雷はジッと見下ろしていたが、またすぐに視線を戻した。 「まぁ硬いことは言いっこなしだ・・ん?」 がさがさと天井の裏に手を伸ばし何かを探っていた遠雷の手が一瞬止まる。 その声に昂遠の肩がビクリと揺れた。 眉根に皺を寄せる彼に向かって、昂遠の心の臓が一際大きな音を立てた。 「・・ど・・どうした?」 「・・なぁ、昂」 「んん?」 「お前の旧友は、諸国を転々と旅をしながらこの地に来たと言っていたな」 「ああ。もともと医師の家系で彼は医術の腕はからっきしだったが、薬には興味を持っていたらしい。それで薬草を求めて旅をしていたと・・」 「・・・・そいつ、本当に薬師だったか?」 「どういう意味だ?」 「これだよ」 そう話して遠雷は、布にくるまれた包みをひっつかむと、昂遠に向かって突き出した。 赤く澄んだ瞳が轟々と赤く燃えている。 「・・・え」 「気づかないか?この包み。ただの竹簡じゃない」 そう話す遠雷の表情は先程よりも険しく、声もまた低いものであった。

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