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「包み?書物?」
そう話す昂遠の声が乾いている。
「先ほど、息絶えた全ての者の埋葬を俺たちはしていたよな」
「あ。ああ」
「父親は分からねぇが、あと母親と・・あとは近所の誰かさんなんだか親族のどなたさんだか知らねえが、ただひたすら穴を掘って埋めて手を合わせたな」
「ああ・・埋葬して、経も・・」
「一人、子どもの数が足りなくねえか?三人だって言ってたろ?」
「・・・あ・・・あ!・・ああ!」
遠雷の声に、昂遠は『今気付いた!』と言わんばかりの声を上げながら固まっている。
そうだ。そうなのだ。眼前の凄惨な光景に意識を取られたまま、呆然と埋葬し手を合わせていたが、急に起きた出来事が衝撃的過ぎて失念してしまっていた。
確かに、子どもの亡骸は三体であったが、一名は母親と共に居た赤子である。
「・・・・まさか・・」
連れ去られてしまったのではあるまいなという考えが脳裏を過る。
記憶の片隅に残る友と子どもたちの表情は、今も鮮明に残されたままだ。
あどけない表情を隠すことなく父親の腰にまとわりついては競うように、父である友や自分に技を教えてほしいと寄ってきていた。
彼らの表情が、声が、伸びた腕が、心の臓を抉る様に掴んでくる。
その痛みに耐えるように、昂遠は喉を詰まらせながら呟いた。
「・・誰だ・・誰が足りなかった・・冴燕 か・・飛燕 か・・緑燕 か・・誰だ・・?」
包みを胸に抱きながら首を振る昂遠に、いつものような余裕は微塵もありはしない。
喉はカラカラと乾き、背筋を何度も冷たい汗が滑り落ちていく。
「・・昂」
「・・・」
「兄者!」
「あ・・」
遠雷の声にハッと我に返った昂遠が目を見開いた。その顔は青白く、何度も乾いた口内を潤すように唾を飲み込んでは口をパクパクと動かしている。
「まずは包みだ」
「あ。ああ。そうだ。これだ。これっなんだ?」
「まぁ、落ち着けよ兄弟。包みは逃げない。まずは水だ。酒だ」
「はえっ?」
「今のままじゃ。渇きすぎてお前が干し肉になっちまう。干した肉は猪だけで十分だ」
「・・・え・・あ・・え・・ああ」
昂遠の声に段々と嗚咽が混ざり、今にも泣きだしてしまいそうだ。
「しっかりしてくれよ。こんな事、あっちじゃ日常茶飯事だったじゃねえか」
「知人と他人は違う」
「いや、違わないね」
「・・・・・・・」
「命なんてものは、王様も村人も商人も変わらない。変わる何かがあるとすれば、それは紡いだ想いの時間と過ごした長さだけだ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・酒持ってくる」
そう言い残して彼は厨房へと立ち去ってしまった。
「・・・・・あ・・・・・」
遠雷が去ってしまった事で、部屋の中はシンと静まり、同時に寂しさが増してきた。
昂遠は手にしていた包みをそっと卓に乗せると、もう一度部屋を見渡した。
『全く気付かなかったが、どこも荒れた様子は見られない。本当に当時のままだ・・』
ふと、十年より昔の光景が甦る。まだ小さかった子どもたちを見ながら、「は~い。湯 が出来たわよ~」と器を手にニコニコと微笑む奥方と、その声を耳にするなり「お腹空いた!」
「包子は?包子は?」と聞きながら母親に向かって走る子ども達。
「こら。座りなさい。当たったら危ないだろう?」と声をかけながら、息子の襟首を掴んで止める友の姿が今頃になって鮮明に映し出され、楽しかったはずのその日々に、昂遠の喉が締め付けられるように痛くなった。
「・・・ぐ・・」
『また、近くに来ることがあれば寄ってくれ』
そう話して別れた日を最後に、立ち寄る機会を失ってしまっていた。
元気でいると思っていた。当時と何ら変わらぬ姿で迎えてくれると思い込んでいたのだ。
『・・何と愚かなことか・・文を出し続けていれば・・なんて今さら思ってももう遅いのに・・』
「・・・・・ぐ・・っ・・」
眼を閉じて嗚咽に耐える昂遠の眼前に、勢いよくドンと酒の入った酒器が置かれ、その音に昂遠はゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げた。
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