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「・・・・・・・・・飲め。こんな時は酒が効く」
「・・・今は」
とてもじゃないが、飲む気になれないと言いかけた昂遠の口に、遠雷の人差し指がコツンと触れた。その指に視線を向けながら遠雷を盗み見れば、彼は赤い瞳を揺らしながら昂遠を見つめている。
「・・丁度、この小屋には食料も十分ある。俺たちが数日滞在しても余裕がある量だ。水もある。本当は、腹を満たして明日帰ろうと思ってた」
「・・・・・」
「・・だが、気が変わった。確かめたいことがある」
「・・・確かめ・・・る?」
ぼんやりと呟いた昂遠の声に、遠雷は深く頷いた。
「・・・でもその前に、まずは座って飲もう。飲みながら、包みについて説明してやる」
ぐすっと鼻をすすりながら何度も喉を鳴らす昂遠に向かって、遠雷は水の入った桶と椀を見せた。
「・・・ぞういえば・・づづみ・・」
「ああ。だが、酒の前にまずは水だ。お前は水を飲め」
「・・・・・・うん」
こうなってしまっては立場が逆である。張っていたはずの気が緩み、抜けてしまったのだろう。肩を小さく震わせながら水を待つその姿は、何処から見ても叱られた子どものようだ。
「・・・・・茶器を探したが見つからなかった。この椀で飲んでくれ」
「・・・うん」
「・・・・・・・」
遠雷が注いだ水を、昂遠が無理やり喉に流し込むように飲み干している。
それを黙って眺めながら、遠雷は昂遠に酒を注ぎ、自分の椀にも同じように酒を注いだ。
注いだ酒に映り込んだロウソクの火がぼんやりと揺らいでいる。
「・・・・・それにしても・・・」
「?」
「・・包みもそうだが、あの刺し傷・・」
唇に指を付けたまま遠雷が呟く。その視線は椀ではなく右下を向いたままだ。
「?」
「気が付かなかったか?」
「・・・?」
「抜く前にもう一度剣で突いている。最初は偶然かと思い、他の亡骸にも触ってみたがどれもこれも大体同じだった」
「・・二度突き?」
昂遠が眉間に皺を寄せたまま、ゆっくりと顔を上げた。
遠雷は自身の指を人間と剣に見立て、身振り手振りを加えながら話し始めた。
「ああ。二度突く攻撃と言えば、この国では梳家の者がよく使う技だ」
「・・梳 家・・彩 家の子飼いだな」
「ああ。だが、恐らく彼らじゃないだろう」
「何故そう言える?」
「似せようとしたんだろうが、奴らの剣は抜く前に再度突いている。だから傷にブレが無い」
「・・・・なるほどな」
「最初、傷の微妙な広がり具合を見て梳 家の者がやったんだと思った。だが、何度も触れているうちに、抜いた後にもう一度突いている事に気付いたんだ。もう一度突くとなると傷が二ヶ所に増えるだろ?梳 家の剣であれば、わざわざそんな面倒なことはしないはずだ」
「・・・・・・・」
「それに、彼らはもともと暗殺を生業としている一族のはずだろ?その証拠に彩家の当主の命でしか彼らは動かない」
「ああ。確かに。あれは肝が冷える」
遠雷の説明に、昂遠も頷きながら手にしていた椀を卓に置いた。
「暗殺を生業 としているのに、どうにも派手すぎる。それにな・・」
遠雷の声が若干低くなった。
「彼らは暗殺を目的としている。だからじゃないが、彼らの動きは風のように俊敏 で去るのも早い。足跡さえも残さないことを第一に考えるような奴らが、あんな風に女性を辱めて捨て置くと思うか?」
「・・・・・」
「何のために?」
「・・・・・ううむ・・」
遠雷の声に昂遠は重い息を吐くと口元に指を置いたまま、とうとう何も言わなくなってしまった。遠雷は懐や袖から、じゃらりと銭を取り出すとゆっくりと卓に乗せた。
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