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「俺が小屋に入って最初に思ったのは違和感だ。金も盗られてない。部屋も荒らされていなければ食材も奪われていない。亡くなったのは人間だけで、あとはそのままだ」
「・・・・・・・・・・」
「聞いていた家族は五人。なのに、実際はその倍の数の人間が殺されていた。夜盗であればまず火矢が降る。家屋を燃やして住民を恐怖の渦へ叩き込むことから全てが始まる。奴らは全てを奪い燃やして去るからすぐに分かる」
「・・・ああ」
「あとは・・・さっきのあれだな」
「そうだ。あの妙な黒い影は一体何だ?」
昂遠の声が低くなる。
「あれは・・・」
先程まで饒舌 だった遠雷の声が、一瞬止まる。よく見れば彼は苦虫を噛み潰したような表情で包みに視線を向けたまま、深い溜息を吐いた。
「・・・覚えがあるのか?」
昂遠の問いに遠雷は黙って頷くと、包んでいた布をゆっくりと解き始めた。
その布は色褪せていて、ところどころ染みのような物が付着している。
お世辞にも綺麗とは言えない品を前にして、昂遠はゴクリと唾を飲み込んで遠雷の言葉を待った。
「・・・蓮華教 ・・・」
「れ・・・んげ?」
「そう。蓮華教 。邪教 のひとつだ」
そう呟いた遠雷が開けた包みの中にあったもの。それは、竹簡の隙間に隠されてボロボロに千切れかかった一冊の書物と、割れて片方しかない黒い玉佩 であった。
「・・・この丸い玉佩 は・・」
「持ってみろ。明るい場所にかざせば、ある花が見えるはずだ」
「・・・花?花なんて・・・・」
遠雷に促されて、昂遠は半分に割れてしまった黒い玉佩 を手に、じっくりとそれを眺めることにした。あらゆる角度から目を凝らしてみても、どこにも変わったところは見られない。割れているとはいえ、変わらず光沢を放っており、艶々と輝いている。
昂遠はロウソクの火にかざすように玉佩を眺めていたが、やがて何かに気づいたらしく「アッ!」と声を上げて遠雷を見た。
「見えたか?」
「ああ。見えた。曼珠沙華 だ・・一輪の曼珠沙華の花が半分・・」
「そうだ。それが蓮華教 を記す旗だからな」
「・・・なっ・・」
その言葉を耳にした昂遠の全身にぶわりと鳥肌が立つ。彼はゴクリと唾を飲み込みながら玉佩 を元に戻そうとしたが腕がブルブルと振るえてしまい、静かに置くことが出来ない。
「・・・じゃじゃあ・・この本は・・」
竹簡 や木簡 とは違う。紙に記されたその書物は分厚く、やや年期が感じられる。
遠雷は慣れた様子で書物をめくっていたが、ある場所を見つけると昂遠にも見えるようにクルンと回して位置を変えた。
「・・・これは」
「蓮華教 が得意とする呪が書かれてある。この書物は禁呪 を中心に書かれている。門外不出の宝典だ」
「・・・ほう・・てん・・」
「さっきの蟲まみれの奴は・・あった。これか?」
遠雷は指で文字を示しながら読み始めたのだが、その表情は読み上げる声とは全く逆である。困ったようなその表情に昂遠も不安になった。
「えーと・・その一。鶏の卵白にすり潰した百足。斬り落としたトカゲの頭。蛇の生き血を混ぜた後に蛭 に吸わせる。
その二。薬草三種を煎じた鍋の中に一の蛭 と酒を入れ、三日間煮込む。
その三。三日後に、二を煮詰めた鍋の中身がどろりとした液体に変化していれば、それを更に潰した四種の薬草の中に混ぜ、丸薬とする。
その四。丸薬を雨上がりの月夜に干し、月光を浴びせる。
その五。教主に献上」
「・・・・・・ちょっと待て・・(最後の教主に献上ってなんだ!?)」
「こんなものもあるぞ。
その一。毒蜘蛛の腹を裂き、その腹に二種の薬草を詰め込み、絹糸で閉じる。
その二。集めた蛾 の鱗粉 を振りかけた後、更に薬草五種を煮詰めた液体に浸す。溶けた蜘蛛と共に呪詛の紙の上に乗せ、油紙に包み土に埋める。
その三。その上から獣の生き血を振りかける・・・・」
遠雷の言葉に昂遠が「うえぇぇぇ」と言わんばかりの表情に変わっていく。
「他にもあるぞ。聞いてみるか?」
「・・・・・・・」
昂遠がキュッと口を堅く結んだまま、ブンブンと首を振った。
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