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「・・・つまりさっきの蟲男は・・」 昂遠の声に遠雷が頷く。 「禁呪(キンジュ)を受けたんだろう・・どれを受けたのかは俺も分からないが・・」 「俺は蓮華教(れんげきょう)どころか、そう言う事には根っから(うと)くてな。その・・よく知らないんだが」 「ああ。普通はそうだろうな。そもそもこの邪教は苜州(ボクシュウ)の外れに位置する山奥のそのまた山奥に活動拠点を作ってる。知らない者が居て当然だ」 「・・・その邪教は・・どういう宗派なんだ?」 「蓮華教(れんげきょう)か?そうだなあ・・」 そうまで話した後、遠雷は酒をなみなみと注ぐと、グイっと飲み干して昂遠を見た。 「蓮華教は苜州(ボクシュウ)の外れに位置する宗派のひとつで、教主を中心に活動を広げてる。教主は代々指名制で選ばれるのは男が一名。前教主が引退する前に次の教主を信者の中から選ぶんだと。そして、選ばれた男は前の教主と共にひと月の間、洞窟の奥で共に過ごすらしい。ひと月後に指名された者が教主となって、蓮華教をまとめていく・・だったか」 「・・・・・・・・・」 「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は?」 「曼珠沙華は・・蓮華教の教主が主に使う幻術だ。見た目は本物そっくりにしか見えないが、幻術だから触れると消えてしまう。だが、毒は本物と変わらない。教主が袖を振れば掌から曼珠沙華の花びらが浮かび落ちていく。赤と黒に塗れたその色は月夜に映えて・・幻想的な美しさを魅せるらしい」 「・・・ほぅ」 そう返しながら、昂遠の頭の中で疑問がいくつも浮かび上がっては消えていく。 『何故、こんなにもこいつは詳しいんだ?』 「あとは・・蓮華教の活動時間は夜だ」 「夜?」 昂遠の声に遠雷が頷いている。 「彼らは夜、活動する。夜の街を覆うように提灯が光り、人々が生活を始めるんだ。美しいぞ。あの町は・・朝になれば死んだように町全体が眠りにつく・・」 「・・遠雷」 昂遠は一瞬迷いを見せたが、意を決したように遠雷を見た。 「何だ?」 「お前、どうしてそんなに詳しいんだ?」 「・・・何故そんなことを聞く?」 「だっておかしいだろ?お前がいろんな国を転々としていたのは知ってる。けど・・」 「まぁ、そうだな」 そうまで話すと遠雷は目線を天井に向けながら暫くの間、何も話そうとはしなかった。 昂遠は色々と聞きたいことがあったものの、口を挟むことなく黙って彼の言葉を待っている。 「・・・・・」 「蓮華教の女と寝た」 「は?」 遠雷の言葉に昂遠は頭が真っ白になった。きっと自分は、変な表情で相手を見ているに違いない。 「だから、女と寝たんだって」 「・・・・・・・」 「最初はどうかと思ったんだがな。一緒に暮らすうちに情が湧いてな」 「・・・・・・・・・・」 遠雷の表情は優しく、どこか慈愛に満ちている。その表情が過ごした時間の長さを表していると分かり、昂遠の唇が(くちばし)のように尖っていく。 「・・最初は解すまで時間を要したが、丹念にしてやれば後は早かったな。凄いぞ、蓮華教の女は。肌は白く餅のように(やわ)で、声だけでなく息まで甘い。挿れてやればうねりと吸い付きが凄くてな・・ハハハ」 「・・・・・・・・・」 『・・・嗚呼』 ズキズキと頭が痛くなる昂遠をよそに、遠雷は上機嫌で卓をトントンと叩いている。 その声に想像したくないものを見せられながら、昂遠は額を押さえた。 どうやら酔いが回ったらしい。 「口淫も凄かったな。頼んでないのに自分からしゃぶりに来て、止めろと何度言っても聞かなくてなぁ。なぁ、機会があったらお前も寝てみろよ?あれは凄いぞ。ハハハ」 「・・・遠慮シマス」 「そうか?」 『そうだった、こいつはこんな奴だった。すっかり忘れていたが、コイツは根っからの色狂いだった・・俺も他人の事は言えないが・・』 「・・・まぁ、俺の昔話はここまでにして」 「・・・・・?」 「その蓮華教の宝典が何故ここにあるのか?それが答えだろうな」 「・・・嗚呼」 遠雷の真面目な声に、昂遠は返事をしただけで黙ってしまった。 「・・・お前の友は薬の他に何か?」 「いや。何も・・知り合って五年くらいだったが、俺と一緒にいた時は薬を売って暮らしてい・・」 「・・・・・・・」 「薬・・・」 「煎じ薬を売っていたのなら、薬草に詳しいはずだ。この本にも薬草を混ぜるとある。だが、肝心のその薬草名は書かれていない」 「・・・・・・・」 昂遠の目が上下に揺れる。その表情は誰が見ても困惑しているようだった。

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