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そう。その土の下にあったもの。それは、袈裟懸 けに斬られ、息絶えた子どもの姿であった。ただ、他の亡骸と違うのは斬られた傷口を始め、眼球、鼻、耳、口といった全ての穴から黒い粒子が吹き出し、同時に赤紫色の煙が彼の全身を覆いつくしている点であろうか。
黒い粒子は彼の全身を守るように、ザワザワと絶えず動き回っている。
その姿は黒く小さな蟻に似ていた。
「・・うっ」
その異様ともいえる姿を前にして、昂遠は口元を押さえると足早に去った。
少し離れた所から嘔吐する声と音だけが微かに響いてくる。
「・・・・こんな姿にしちまって・・嗚呼嗚呼・・」
遠雷は手についていた土を自身の服で拭うと、何とも言えないといった表情で見下ろした。
「嗚呼嗚呼・・馬鹿野郎が・・」
遠雷は少し前に影の心臓部から抜き取った紙を取り出すとジッとそれを眺めていたが、首を横に振り、またその紙を懐に戻した。
「・・・・」
胃に残っていた全ての物を吐き出したのだろう。よろよろとおぼつかない足取りでこちらに向かって来る昂遠に向かって
「大丈夫か?」
と問いかけた。
「・・ああ。すまん・・」
昂遠はずっと口元を袖で隠している。彼の顔からは血の気が引いて青白い。
「・・まぁ、いきなりこんなものを見せられたんじゃ・・無理もないか」
「・・・・・・・」
そう話す遠雷の表情は変わらない。
砂鉄ほどの小さな黒い粒が子どもの身体を這い回る度に、腕や足がビクビクと動いている。
その様子を目の当たりにした昂遠は、背筋が凍りそうになるのをグッと押さえながら、遠雷に視線を向けた。
「その・・」
「ああ。間違いない。こいつは生きてる」
「・・・そんな・・・」
子どもに視線を向けながら、昂遠の唇がガクガクと震え始める。
全身からドッと冷汗が吹き出し、止まらない寒気をどうすることも出来ないまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「・・・・・・・」
「だが・・」
言いかけた遠雷の声が止まる。彼はそれ以上何も話そうとはせず、ただ重い息を吐き出した。
「・・・だが・・?」
「・・恐らく反魂 の術を使ったんだろう。これに書いてある」
彼は自身が手にする宝典をポンと叩いた。その言葉に昂遠の眉間の皺が濃くなった。
「・・はっ・・反魂?」
遠雷は唇に指を付けたまま、何かを考えるように俯いている。
「・・生き返らせたって・・・言うのか・・」
「それだけじゃない。どうやら、術が二重にかかってる」
遠雷の声に昂遠の全身から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「・・な・・・んだと?」
「ああ。可哀想だが、こいつはもう殺せない。楽に逝かせてやることも出来ない」
「・・・な・・」
昂遠の顔からは血の気が引き、白を通り越して青く染まっている。
遠雷は、掘った穴を袖で示しながら昂遠を見た。
「お前。この子どもに見覚えがあるか?」
「・・・・・・・・」
遠雷が昂遠の肩を支えながらゆっくりと近づいて行く。彼の全身はブルブルと震え、今にも倒れてしまいそうだ。
遠雷はそんな彼の身体を支えるように一歩ずつ穴へと誘導した。
そうして、穴を覗き込んだ昂遠は「アッ!」と大声を上げ、首を上下に振っている。
「・・ああ・・・しっ・・で・・る」
彼の声には嗚咽が混ざり、細々としていて聞き取りづらい。
だが、その中で唯一聞き取る事が出来た『飛燕 』と呼ぶ声に、ただ黙って頷いた。
「・・三人の子どもの一人か?」
「・・ああ。そうだ。間違いない。飛燕 だ・・一番・・末っ子の・・飛燕 だ・・」
昂遠の目からは涙が溢れ、とうとう座り込んでしまった。
「・・・そうか」
「・・・どうなるんだ?まさか、ずっとこのままなんてことは・・・」
昂遠の声が震えている。その声に遠雷は何も話そうとはしなかったが、急に井戸の方へと歩いて行ってしまった。
一方、残された昂遠は狼狽 していて声にならない。
やがて、井戸の水で手を洗い戻った遠雷は、意を決したように昂遠を見た。
「上手くいくか分からない。俺は神仏でもなんでもないからな。だが、これは俺が決めていい事じゃない。お前が決めろ」
「・・・何・・を?」
「お前、こいつをどうしたい?」
遠雷の声に昂遠の目が大きくなった。
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