32 / 43
31
「どうって・・」
昂遠の声に困惑の色が滲んでいる。急に言われたその言葉に思考が追い付かないまま、目をキョロキョロと動かすだけだ。
「・・・・・・・・」
遠雷の言葉はまだ続く。
「この術は、いわば禁忌 だ。この先、こいつの身にどんな災難が降りかかるかも分からねえ。どうなるかも想像がつかない。一生、子どもの姿で生きていくことになるかもしれない。最初は人間の姿を保てたとしても、理性までは無理かもしれない。そもそも記憶がちゃんと残ってるかどうかも怪しいもんだ。身体が半分溶けて、人間の姿をちゃんと保っていられるかさえ分からない。それでもこいつを守る度胸と覚悟が、お前にあるのか?」
遠雷の迷いの無い声に昂遠の心の臓が大きな音を立て、再び全身に鳥肌が立った。
彼の背を冷汗が何度も伝い、腰へと落ちていく。
「・・・・・・」
昂遠の顔に困惑と迷いが生じている。その事を痛感しながらも、答えを出そうとしない昂遠に段々と苛立ちを覚えた遠雷は、グッと拳を握りしめると昂遠に近づいた。
「腰抜け野郎が・・」
「・・・ぐっ」
昂遠の頬に一発の拳を叩きこみ、ぐらりと倒れかけた瞬間、遠雷は彼の胸ぐらを掴んだ。
遠雷の両目からは轟々 と燃え盛る赤の炎が揺らいでいる。
それは彼自身の怒りを表しているようでもあった。
「・・・っ!」
「いいか!よく聞け!こいつはもう死ねない!死ぬことが出来ないんだ!」
「・・・・・・っ」
「このままだ!ずっと土の中で黒い虫みたいなのに引っ付かれながら、生き続けなきゃならねえ!」
「・・・・・・・」
遠雷の必死な声に、昂遠の喉がツンと痛くなる。
『分かってる!そんなことは俺が一番分かってる・・』
ツンと喉の奥が焼けるように痛くなり、同時に昂遠の両目からは涙がどんどんと溢れてくる。
「そっな・・ことっ・・」
「分かってねえだろうが!!」
俺が一番・・と言いかけた昂遠の声を遠雷が遮った。
「いいか!何度でも言ってやる!お前が八十、九十のじいさんになっても、今、何もしてやらなきゃこいつは一生このままなんだぞ!何年経っても時代が変わっても!嫁さんだってもらえない!このままだ!」
「・・・・・っ・・・」
昂遠の頬を幾度も熱いものが伝い落ちる。
遠雷の赤い瞳は絶えず怒りに満ちていて、炎そのものだ。
「・・・ぅ・・・」
昂遠の脳裏に、ぼんやりと懐かしい日々が映し出される。
一緒に畑を耕した事。今日の夕飯にと魚を釣りに出掛けた事。
夜にホタルを見に行ったこと。
飛燕 は誰よりも怖がりで、誰よりも慕ってくれた。
『昂おじさん』
『おじさん、も~サボるなよぉ・・』
『おじさんは釣りがへったくそだよなぁ~。まだ釣れないのかよぉ』
『も~!いいや。俺がやってやるよ』
飛燕 の長い黒髪が揺れる。小さな手と屈託のない笑顔を自分に向けてくれた。
その小さな手が、くり抜かれた眼球が、開けられたままの口が、歪んでもがいて、
人ではない何かになろうとしている。
その現実が。重い未来が。刀のように昂遠を貫いたまま、抜くことも出来ない。
「ここまで言われても決められねえのか!」
昂遠の胸ぐらを掴む彼の手に更に力が籠められ、再び、頬に二発目の拳を放った。
遠雷の瞳は炎を宿したように赤々と燃え続けている。
頬を腫らした昂遠は、視線を地面に向けたまま、唇から滲んだ血を袖で拭っている。
崩れた膝をそのままに俯く姿は、弱々しく迷いに満ちていた。
「・・・・・・・・」
「不死だけでも、どうにかすることが出来るかもしれない」
「・・・・?」
遠雷の声に、昂遠の瞳が大きくなった。
「でもそうなったら、あとはお前が殺せ」
「・・え・・・」
「お前がしないのなら、俺が殺してやる」
遠雷の抑揚 の無い声に、昂遠の全身がカッと熱くなった。
頭の中が真っ白になりながら、昂遠の唇がガクガクと震えている。
「なっ・・何故だ・・何故、殺さなきゃならない・・生きて・・いるんだろう?」
「そうだ。不死が消えただけでこの黒い生き物のような影は恐らく消えない」
「・・・・・・・・・」
「お前が決めろ」
「・・・・・・・・・・・・・」
そう話すと、遠雷は踵を返し、その場から離れてしまった。
ともだちにシェアしよう!