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『・・今だって・・そうじゃないか・・・』
自身の声に嗚咽が混ざる。ガクガクと震える唇をどうにかして押さえようとしても、うまくいかないもどかしさが叭吟 の胸を突くのだ。
『・・・・立っているだけで、やっとじゃないか・・』
その者は答えない。ただ、黙って叭吟 の頭を、髪を優しく撫でている。
『・・薬は・・薬はどうするんだ・・。誰が届けるんだ・・』
『・・・大丈夫。何をするのか分からないけど、きっと、大丈夫だ』
『・・嘘だ・・どうして、どうして貴方なんだ。他にも人がいっぱい、山ほどいるじゃないか・・・若い男がいいって言うなら、なにも貴方じゃなくたって・・』
『・・叭吟 ・・それ以上は言ってはいけないよ』
息の混ざったその声は苦しさを含んでいたが、とても優しい声であった。
その声を耳にするたびに、叭吟 は聞きたくないと駄々を捏ねるのだが、その者は優しく髪を撫でるだけで答えようとはしない。
『・・・嫌だ・・・』
『ねえ、叭吟 ・・きっとすぐだよ。すぐに帰ってくる。情けないけど、私の身体はけして強くない。行った先ですぐに帰されてしまうと思うよ』
(嘘だ。嘘だと、貴方のその声が、指が、そう言っている)
『大丈夫。また一緒に暮らせるようになるよ』
伝えたいのに伝える言葉が見つからない。
届けたいのに、なんと言って、なんて話して、縛っていいのか分からない。
言葉の少なさは、やがて苛立ちへと変わり
落とした器にヒビが入り砕けるように、割れて生まれた亀裂が引き金へと変わっていった。
『この・・わからずやが!』
『叭吟 ・・・』
『どうしても行くっていうのなら、俺はもう金輪際、貴方に会わない!会いたくない!』
『・・な・・』
『貴方が、俺から離れるっていうのなら、そう選ぶのなら・・俺は・・!』
叭吟 の口から生まれるその言葉は、留まる場所を知らなかった。
歌うように叫ぶように、紡いだ言葉は感情が溢れるまま、その者を深く裂いて
やがて、抉 って終わりを見せたのだ。
『・・・・・あ・・・・』
最後に発した彼の声は掠れていて、全身から冷汗が流れるように落ちていく。
『・・・・・・・・・・』
(嗚呼。貴方の声が震えて・・泣いているのだと分かる)
『・・・・あ・・』
『・・・ごめん・・・』
『・・・ちが・・ちがう・・ちがう・・・』
どれだけ首を振って否定を伝えても、目の前の声は変わらない。
『・・・・・・・ごめんね』
(ああ。俺は馬鹿だな。大馬鹿だ。貴方を泣かせて深く傷つけた。
どうしてあんなことを言ったんだろう。これじゃ子どもと同じじゃないか。
言う事を聞いてくれなくて癇癪 を起こす子どもと一緒だ。
そんな事、思った事すらないくせに・・どうして飛び出して自棄 になって、女なんて抱いたんだろう。その気も無かったのに。貴方を一人にしてはいけないと分かっていたのに)
―― えぐれて、苦しい。
(泣かせたくなんか、無かったのに)
――― 嗚呼。悲しい。優しくない。温かくなんてない。
(どれだけ抱いても貴方じゃないのに、声だって、肌だって違う。狂いよがる様だって、その醜悪 さに吐き気がする)
――――・・すべての感情が、冷めていく。
冷めて、冷めて、氷になって。やがて数多くの層を作って、溶けやしない ――
(・・叶うのなら、もう一度。貴方に会いたい。会って、今度こそ・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それから、四日が経過した。
気を失っていた遠雷であったが、四日目の夕刻に目を覚ますと自身の体に起こった違和感に気が付いた。いつもなら見えないはずの景色がハッキリと見える。
『・・・あれ?天井が見える・・?』
頭はまだぼんやりとしていてハッキリしない。何度も瞬きを繰り返しているうちに人の気配に気が付いてギョッとした。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
目を見開いたまま遠雷が固まっていると、同じように隣に座していた昂遠の目も大きくなった。
「・・・・あ」
昂遠は憔悴しきっていて、頬も少しこけてしまっている。
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