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「・・・・」
「・・・・・・・」
昂遠は遠雷が目を覚ました事を知ると、顔をくしゃくしゃにしながら、枕元でワンワンと泣き始めた。
遠雷の胸に顔をうずめながら、バンバンと軽く彼の胸を叩いてはボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。本人は軽く叩いているつもりなのだろうが、勢いが止まらず寝台まで上下に揺れている。
「おい!いてぇ!」
「・・・うるせぇ・・馬鹿叭吟 !」
「ちょっちょっと待て!そこはありがとうございますだろぉが!」
「うるせえよぉ・・!バカバカバカ!」
「ばかばか言うな!」
突っ伏してワンワンと大泣きする昂遠を前にして、遠雷が困ったように彼の肩に手を伸ばし、何度も優しく摩 っている。
その手にグズグズと泣きながら昂遠が顔を上げれば、涙で滲んだ先で笑う遠雷の顔が見えた。
「おまえ・・もうぐちゃぐちゃじゃねえか・・」
「・・・・・うるぜぇよぉぉぉぉ」
「ほら。昂遠さん。昂遠さん」
「なぁびぃぃ?」
「腕。俺の腕。生えてるでショ?」
ホラホラと、遠雷が昂遠に向かって腕を振っている。
よく見れば、それは彼が四日前に切り落とした右腕であった。
すっかりと再生して指を動かす彼を見ているうちに、心配と苛立ちが混ざった昂遠がバシバシと遠雷の胸を叩きながら、更に大粒の涙をこぼしている。
「おまえ・・もう・・無茶苦茶なんだよ!なんでもありかよぉぉぉぉ!」
「だって・・いって!・・おい!ちょっ!いてぇ・・!俺!妖かっ!いって!」
「お前もう一生寝てろ!」
「なんでだよ・・!」
「だって・・しっしっ・・」
昂遠の言葉が続かない。遠雷はそんな彼を見て困ったような表情を見せていたが、ふうと息を吐くと昂遠の手に自身の手を重ねていった。
「死なないって・・俺は。お前を置いて逝くわけないだろ?」
「・・・・・・」
「お前の最期を看取るのは俺だって、契りを結んだ時に決めたじゃねえか」
「・・・・・・・」
「大丈夫だ。ほら、触ってみ?ちゃんといるから。な?」
昂遠が鼻をすすりながら、遠雷の体に手を伸ばしている。恐る恐る触れていたその手が少しずつ変わっていく様を見て、遠雷はホッと息を吐いた。
「・・・うん」
「まだ不安があるなら、落ち着くまで一緒に寝てやるよ」
「・・・・・・・・・・」
「嫌なのかよ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
昂遠からは何の言葉も返って来ない。ただ、彼の身体を確かめるようにペタペタと触り続けている。
「・・・まぁ。好きなだけ触っててくれ。俺はもうす・・こ・・」
言葉を最後まで言い終えぬうちに、遠雷の瞼が重くなっていく。
角と赤い瞳は変わらず、規則正しい寝息を立て始めた彼にホッと安堵した昂遠は、触れていた手をゆっくりと手放した。
「本当にすまない。いつもいつもお前にばかり迷惑をかけて・・」
眠っている遠雷に向かって昂遠が何度も頭を下げている。そうして、安心したようにフウと息を吐いた途端、睡魔に襲われてしまい何度も欠伸を繰り返していたのだが、やがて彼もまた遠雷が眠る寝台に突っ伏すように眠ってしまった。
「・・・・・・・・・・ん・・・」
あれから遠雷が再度目を覚ました時には、既に陽は高く昇っていて、鳥のさえずりがかすかに聞こえてくる。彼は再生したばかりの右腕をゆっくりと持ち上げると、握っては開く動作を繰り返した。
左に比べると右は上手く力が入らない。けれど、指が動くことに安堵して視線を天井に向けた。
「・・・・・・・・・」
無意識に額に触れてみれば指に角が当たり、何度も手でその角を擦ってしまう。
「・・・ん?」
じんわりと伝わる温かさと、ずっしりとした重みに気付いた遠雷の目が丸くなる。
「・・・・・・」
彼は突っ伏して眠っている昂遠の肩を優しく摩り、起こさないようにと気をつけながら寝台を降りると、その足で厨房に向かった。
厨房に向かう途中、ふと何かを思い出したように自身が眠っていた部屋に戻ると、もう一つ寝台がある事に気が付いた。
そこには自身が助けた子どもが眠っている。
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