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「・・・・飛燕 ・・だったか・・」
『思ったよりも、身体は小さく腕も細いな』
飛燕は規則正しい寝息を立てながら眠りについている。
遠雷は飛燕に近づくと自身の指を彼の鼻に近づけた後に、腕の脈を取った。
「・・・・・・・・・・」
音を聞きながら頷くと、ゆっくりと彼の腕を寝台に戻し、今度は水を飲む為に厨房へ歩き出した。
相変わらず厨房の中は、鶏が籠の中で動き回っている。遠雷は側に置いてあった鍋をジッと覗き込んだかと思えば、不思議そうな表情で首を傾げている。
「・・・・・・?」
彼は、水瓶の中に入っていた柄杓 で水をごくりと飲みながらジッと、天井を見上げていたが、何かに気付いたように戸口を見た。
「・・起きたのか」
「ああ・・」
「俺はどれくらい眠ってた?」
昂遠は欠伸を噛み殺しながら、自身も水をごくごくと飲み干している。
袖で口元を拭いながら
「そうだなぁ・・・五日間くらいか・・・ちゃんと覚えてないけど・・」
と、話すと何度目かの欠伸を繰り返した。
その横顔をジッと見つめていた遠雷であったが、ずっと疑問に思っていた事を彼に問いかけることにした。
「・・お前、ちゃんと飯食ってるのか?」
その声に昂遠は、ただ首を横に振り、困ったように笑うだけだ。
その表情に遠雷の心の奥がズキリと痛んだ。
「・・・心配をかけたな」
「いや。俺はまずお前に謝らないといけない」
「・・・・・・・」
昂遠は一度床に視線を落とすと、また遠雷を見た。
「・・・お前に怪我をさせて、負担もかけてしまった。謝っても許して貰えるとは思っていない」
「・・・・・」
「あと・・」
「?」
「ありがとう。飛燕を助けてくれて」
その言葉には、嘘はなく。
沢山の優しさに溢れていて。
「・・・ふふ」
最初、面食らったような表情を見せていた遠雷の目が細められる。
彼は、嬉しかったのだ。誰かの役に立てたことが。
優しさに少しでも触れる事が出来たことが。
「・・・なんだよ」
「・・・いや。何でもないよ」
「・・そうか?」
本当に安心した。失ってしまったのだと気が気でなかった。
自分が選択したことで目の前にいる彼を死なせてしまったのではないかと、昂遠は心の底から後悔し、自問自答を繰り返していたのだ。
『ああ。本当に良かった。本当に・・』
ニコニコと微笑む遠雷を前にして、昂遠もまた笑みを返す。
久しぶりに訪れた穏やかな時間。それはいつかと同じものによく似ていた。
「・・・・・・」
「・・ん?」
ホッと胸を撫で下ろしていた昂遠であったが、何かを思案するように俯く遠雷の姿を見て、何かあったのではないかと不安になった。
「外で話そう」と言う遠雷に従って、自身も外へと向かう。
気候は穏やかで、風に揺れてさわさわと草木が動く音だけが聞こえてくる。
昂遠は、飛燕が埋められていた穴をジッと眺めながらぽつりと呟いた。
「・・・あれから、お前が眠っている間、飛燕の身体を見てみたが、本当に人間と変わらなかった。心臓も動いていたし、呼吸だって・・」
「目を覚ましてみなければ分からない」
遠雷の声は淡々としていて、どこか素っ気ない。
「あの時、気が動転してよく覚えていないんだが、反魂の術と言ったか・・」
「ああ。その話か」
遠雷は、うーんと背伸びをすると静かに歩き始めた。
吹く風は優しく肌を撫でていく。
「恐らくだが、お前の友はもともと蓮華教 と関りがあったのかもしれない。宝典を持ち出した理由は分からないが」
「・・うん」
「宝典を持って蓮華教 から逃げ続けて辿り着いた場所が、きっとここだった」
「・・・亡くなっていた人たちは?」
「・・・同じ宗派の者だったんだろう。蓮華教 に反旗を翻そうとしたのか、何か目的があって集っていたのか。真実は闇の中だ。ただ、もしそうであればあの惨状にも説明がつく」
遠雷の声に、昂遠が何度も頷いている。
「・・・多分、襲ったのは蓮華教 の者だろう。二度突いたのは梳 家がやったと見せかけるため。裏切り者を片付ける事と宝典の奪還が目的だ。だから奴らは人だけを先に襲い、あとからゆっくりと宝典を探そうと考えた。そんな時に俺たちがやって来たから、潜んでいた者達は里へと帰還したんだ。慌てなくとも宝典は逃げないからな」
「・・・飛燕については・・」
「ああ。恐らく、術をかけたのはお前の友。つまり、飛燕からすれば実の父親だ」
「・・・・・・・」
遠雷の声に、昂遠は何かを飲み込むように眉根を寄せた。
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