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「理由は分かってる。襲撃があった当時、そいつの子ども。飛燕(ヒエン)が斬られた場面を目撃したからだ」 「・・・・・・・」 「肉だけでなく骨まで砕いてしまっていた。そんなことが出来る武器と言えば数が限られてくる。前方から袈裟懸(けさが)けに斬られて、既に即死状態だったと俺は睨んでる。父親は恐らく、背後から剣で突かれたに違いない。死んだ振りをしながら、どうにかして子どもだけでも助けようと考えたお前の友は、宝典に書かれていた通りに反魂術を唱えようとしたんだ」 「・・・・・・・・・・」 「反魂の術は(にえ)を必要とする。生き返らせたい者が一人であれば、血肉は人間一人分。損傷の少ない、比較的、新鮮な血肉が最低限必要になる。魂を繋ぎ止めて肉体を維持するためにな」 「・・・・・・・なんてことを」 昂遠の表情が沈んでいく。 「父親であれば、子どもが一番大事だというのは俺にだって分かる。まだ微かに自身の命が残っているうちに、息を引き取って間もない子どもを生き返らせるために、自身の血肉を犠牲にする方法を選択したのさ」 遠雷の言葉はまだ続いている。 「・・・・・・・」 「ただひとつ誤算があったとすれば・・」 「・・誤算?」 昂遠の眉間に皺が寄る。遠雷は嗚呼と頷くと穴に視線を傾けた。 「その宝典に書かれている内容は、全てにおいて正しく書かれているわけじゃない」 ふわりと吹いた風が、互いの頬を撫でていく。 「・・・・・・」 「理由はひとつ。教主以外の者がこれを持ち出し、無断で術を使用することを防ぐ為だ。これが本当に正しいかどうかを判断できるのは教主のみ。だから、第三者がここに書かれていることを忠実に行ったとしても良い結果にはならないだろう。事実、術を受けた飛燕は反魂で成仏するはずだった魂を引き戻されただけでなく、不死の術まで受けてしまった。けれど術者が先に血肉を食われてしまったせいで放置され、どうすることも出来なくなってた」 「・・・・・・・」 「術は、それが正しいかどうかをちゃんと知っておかないと、悪い結果を生む。(はら)う目的であれ、呼び出す目的であれ、書物に書かれている呪が本当に正しいものなのか。位置は間違っていないのか。文字に相違はないのか。それがきちんと分かっていないような状態で、安易(あんい)に使って良いものじゃないんだ」 遠雷は拳を強く握りしめると、ふうと息を吐いた。 その声に怒りと後悔が滲み出ているのを感じた昂遠もまた、何とも言えないといったような表情で穴に視線を向けている。 「・・・お前が腕を斬り落とした理由を聞きたい」 「これか?」 遠雷が自身の右腕を持ち上げながら、困ったように笑っている。 その腕を前にして、昂遠は何も返すことなくただ頷いた。 「・・・・・・・・・・」 「俺の血肉は人間とは明らかに違うからな。霊力や妖力の方が遥かに強い。だから、人間と不死の狭間を行く子どもに俺の妖力を肉ごと与えることによって、どうにかできるんじゃないかと思った」 「・・・そんなことが」 「・・・上手くいくとは思ってなかった。ほとんど賭けだった・・」 そう話す遠雷の長い前髪が風に揺れている。 その横顔を見て昂遠が口をつぐんだ。 遠雷はもともと木簡(もっかん)の妖怪だ。 それだけではなく、別の者の血もいくつか混ざっている。 昂遠は、遠雷が過去に『俺の血は少々変わっていてな。傷口のある者が俺の血を浴びれば、見た目は変わらなくとも体内を流れる血が人間とは異なった変化を起こす。どうなるかはその者次第だ』と話していたことを思い出した。 その言葉を思い出してしまったせいか、段々と不安が強くなってくる。 「・・・じゃあ。あの子は・・」 「目が覚めてみなければ何とも言えないが、どれだけ怪我をしても死ぬことは出来ないだろうな」 「・・・でも」 「ん?」 「それでも、助けてやりたかった。半分生きたままのあの状態で捨て置くなんて、俺には出来なかったんだ」 「・・それは俺も同感だ」 そう話す遠雷達の間を風が吹き抜けていく。彼の艶のある銀色の髪がふわりと揺れた。 「・・・昂遠」 「ん?」 「これは、誰が見ても人間の道からは外れた行為だ。してはいけなかったことを俺たちは実行したんだ」 「ああ。そうだ。確かにそうだ」 遠雷はジッと昂遠の顔を見つめていたが、ゆっくりと視線を空に向けた。 水色の空に白い雲が浮かんでは進んでいく。 その子どもがこれからどのような道を辿ることになるのかはまだ分からない。 けれど、奪うことも出来なかった彼らは互いの顔を見た。 「・・・喜べ、兄弟。俺たちは大罪を犯したぞ」 そう話す遠雷の声は笑っていない。 その声にごくりと唾を飲み込みながら、昂遠はただ静かに頷いていた。

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