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後日談・3

「・・・・ここはいつ来ても、賑やかだな」 馬の手綱を引きながらテクテクと歩いて行けば、様々な匂いを感じることが出来る。 麻袋にこれでもかと詰め込まれた豆や木の実。乾燥させた調味料などが並ぶ市を通れば、ちょうど旅芸人の一座が演舞を見せている最中らしく、笛や太鼓の音に混ざって人々の歓声が聞こえてくる。遠雷はその音に頬を緩ませながら足を進めることにした。 自分たちが住む箕衡(ミコウ)周里(シュウリ)とは違い、苜州(ボクシュウ)へ入ると頭に布を巻いた民の姿が目に留まる。 色鮮やかな布を頭や腰に巻き、鈴をしゃらんと鳴らして歩く若い娘達を横目に、遠雷はまっすぐ蓮華教(レンゲキョウ)の本山へと急ぐことにした。 途中、彼は山道に進む直前に見つけた川で馬に水を飲ませる(かたわ)ら水浴びを行い、最初に来ていた衣服に袖を通した。 「うん。やっぱりこっちの方がいいや」 な。そう思わない?とポーズを決めながら馬を見れば、彼は丁度食事中だったらしく、ハムハムと草を頬張るだけで、遠雷の方を見ようとはしなかった。 「・・・・・・・・・・」 その反応に頬をプクッと膨らませていた遠雷だったが、彼はふうと息を吐くと、自身も買っていた果物を袋から取り出して、それにかじりつくことにした。 林檎は微かに甘く、噛む度にシャリシャリと音が響いてくる。 その時、ぬうっと背後から黒い影がやってきて、遠雷が持っていた林檎をガブリと奪っていったのだ。これには遠雷の目も丸くなった。 「・・・あのね。馬さん。これ、俺の林檎なのよ。分かる?」 「・・・・・・・・・・・・」 馬は答えない。うん。これは美味しいね。と言わんばかりの表情で口を動かしている。 彼は自身の手をジッと眺めていたが、すぐに川へとひた走り、手を洗うことに決めたのである。 嗚呼。始まったばかりの珍道中とはこのことか。 そんな事を思いながら、山道をひたすら進んで行くうちに段々とそびえ立つ岩山が見えてきた。 崖を繋ぐつり橋を渡って山道を降りていけば、州都とはまた違った景色を楽しむことが出来る。 『薄暗い夜に着くように進んで正解だった』と、遠雷は空を見ながらホッと息を吸い吐いた。 他の村とは違い、この村には蓮華教(レンゲキョウ)が決めた独自の決め事がいくつか存在している。 教祖を中心としたこの地域は、蓮華教(レンゲキョウ)が打ち出した独自の決め事によって成り立っている為、(ヨウ)公を始めとする王がどれだけ忠告や警告をしようともびくりとも動かない。 全ては教祖を中心とした蓮華教(レンゲキョウ)が全てを支配する。それが、蓮華教(レンゲキョウ)の総本山。 珠幻郷(ジュゲンキョウ)なのである。 珠幻郷(ジュゲンキョウ)には入口の門は存在しない。ただ、町全体を照らすように丸い提灯がずらりと並び、村全体が目覚めるのをひっそりと待っている。 「・・・・・・事前に文を出さなくても俺が来ることを知っているのだろうな」 そんな事を思いながら、彼は村の手前で馬を降りると適当な場所に馬を繋ぐことにした。 瓢箪(ヒョウタン)の水を飲みつつ空を見れば、木々の隙間を縫うように数匹の鳩が飛んでいくのがよく見える。 「あの鳩が見えるうちは、近づいても問題ないな」 誰に言うでもなく呟いて村に視線を向ければ、岩山に紛れるように小さな影がいくつも確認できた。恐らく同教配下の者が送った斥候(セッコウ)だろう。 「・・抜かりが無いな・・さすがは上層部といった所か・・俺は敵じゃありませんよー・・」 瓢箪(ヒョウタン)に口を付けながら、ぼんやりと岩山を眺めていたが、やがてその影がいなくなったことを知ると、また視線を空へと向けた。 『・・・俺は、貴方に会ったら・・会うことが許されたら・・』 彼は首を振ると、馬に(もた)れるように目を閉じた。 あれから、夜になるのを待って提灯が一斉に点されるのを確認してから、遠雷はゆったりとした足取りで村へと向かうことにした。

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