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後日談・4

『ここまでくれば、頭の布はもう必要ないだろう』 頭に巻いていた布を取れば、ひやりと冷たい風が角を撫でていく。 頭上には何十もの提灯が浮かび、全てを照らしている。その提灯に誘われるように段々と騒がしくなり、あちらこちらから人々の声が聞こえ、自然と賑やかなものへと変わっていった。 ジュウジュウと肉を焼く匂い。包子(パオズ)を蒸す蒸籠(セイロ)の湯気。腸詰め肉を大鍋で湯がいては炭火の上に乗せて焼く店をじっくりと眺めているうちに、遠雷と馬のお腹が何度もぐうぐうと激しい音を鳴らしながら空腹を訴えてくる。 「・・・・・・・うぅ」 無意識に、何度も馬と目を合わせながら 「ねえねえ」 「・・・・?」  「馬さん。馬さん。お腹空かない?」 遠雷の声に、馬がコクコクと頷いている。 「お腹すくよね?あの店に人参があるよ。林檎もあるよ」 遠雷の声に馬の瞳がキラキラと輝いている。遠雷はニッコリと笑うと店で人参を買い、自身も腸詰め肉と包子を買った。 「おや?」 「ん?」 「誰かと思えば、叭吟(ハギン)じゃないか」 店主から蒸したての包子を受け取っていると、横から懐かしい声がする。 「おお。久しぶりだなぁ。店は相変わらずかい?」 遠雷に声をかけてきたのは、真横の店で麺を売る男だった。 遠雷よりも十程、歳が上の男である。彼は慣れた手つきで切り揃えた麺を茹でると碗に盛り、上から(スープ)をかけている。濃い鶏の出汁が決め手のその店は、いつも客が絶えないらしく、よく見るとずっと向こうまで客の列が続いていた。 「ああ。相変わらず、皆のおかげで繁盛しているよ」 「そいつは何よりだ。俺も久しぶりに食いたいなぁ」 「俺も食って貰いてぇんだがなぁ」 そう話して店主の男が笑う。その表情に遠雷もまた笑顔になった。 「あっ!叭吟(ハギン)じゃないかい?久しぶりだねぇ」 「帰って来たのかい?あんたちっとも変わらないねえ」 「おお・・久しぶりだな。姉さん方!ちっとも変わってない!」 店主と談笑していると、その声に気がついたのか何処からか人が集まってくる。 何も言わずに出て行ったのに、当時と変わらず接してくれる住民達に、すっかりと『叭吟(ハギン)』に戻った遠雷は懐かしい顔を前にして、皆と何処かの料理屋にでも入って、朝まで飲み明かしたい気持ちになった。 その気持ちをグッと飲み込むと馴染みの住民たちに先に用事を済ませてくると告げ、また馬の手綱を引いたのである。 「・・・皆、ちっとも変ってない」 林檎と人参を食べてご満悦な馬の隣で、遠雷もニコニコしながら蒸したての包子にかぶりつくと、もちもちとした生地の中から煮込んだ角切り肉の優しい甘さが広がって、たちまち遠雷の頬がとろけていった。 「んふ~!!」 ホクホクと幸せな心地に浸りながら周囲に視線を向ければ、皆、わいわいと店で料理を注文し、同じようにかぶりついている。明々と提灯が照らしてくれるおかげで昼間のように明るく眩しい。そんな人ごみをかき分けるように、天秤棒を担いだ男が走っていく。 恐らく粥売りだろう。 「まるで夜の市にいるみたいだ」 懐かしい故郷に帰って来たような不思議な心地で、せっかくだから他の店も見てみるかと(きびす)を返した遠雷だったが、ふと本来の目的を果たす方が先だと思い直し、教主の待つ城へと向かうことにした。 店が立ち並ぶ通りから少し歩けば、住民が住む住居区域へと辿り着く。 家々からは灯りが漏れ、ひっそりとしており肌寒い。彼は入り組んだ通路を慣れた様子で歩くと、やがて目的地である城の手前へと近づいた。 城が近づくにつれて並んでいた住居は姿を消し、人の気配もしなくなってくる。

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