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いじっぱりにキス 第16話(佐々木)

 自分が良い子でいれば、丸く収まると思っていた。  学校でも家でも……  厳格な父と、父に怯えて常に言いなりの母。  自分が良い子でいれば、きっと母は父に怒られない。  自分が良い子でいれば、きっと二人は笑いかけてくれる……  小学校にあがる前にはもう自分で自分にそう言い聞かせていた。  本当の俺は、口も悪いし、性格も悪いし、泣き虫だ。  でも、それを一切封印して、成績優秀で品行方正で運動神経も抜群の完璧人間を目指した。  運動は大の苦手だったが、人並み以上にできるように一人でこっそり練習して――……  かなり頑張ったと思う……  いくら良い成績を取っても、近所で有名な良い子になっても、決して褒めてはくれない両親のために……  それは、俺が高校生になって、  父親に愛人がいること。  自分に異母姉(愛人との子)がいること。  を知るまで、ずっと続いた。  父親にとっては、大切なのは世間体。  父親が愛しているのは、愛人と愛人の子であって、佐々木の母でも佐々木でもなかった。  皮肉なことに、身内で佐々木を心配してくれたのは、その異母姉だけだった。  父親のことは嫌いだが、異母姉とはそれなりに仲良くしている。   真実を知るまでの俺は、なんて無駄なことをしていたのだろう、と今では思う。 ***  それはともかく、まだ当時は小学生だ。  当然、そんな生活を続ければストレスが溜まる。  ストレスが溜まって爆発しそうな時には、一人でこっそり裏山に登って叫んでいた。  子どもだけで登るのは禁止されているはずの裏山で悪態(あくたい)をつきまくっているところを、同じクラスだった颯太(そうた)に見られたのは、小学3年の時だった。  颯太は近所でも有名な悪ガキで、女の子には意地悪をして泣かせるし、授業中も悪戯(いたずら)ばかりしてしょっちゅう怒られている、バカ男子グループの大将的な存在だった。  絶対に笑われる……みんなにバラされる……これまでの俺の苦労が水の泡になる……  絶望して蒼くなる俺を見て、颯太はニカッと笑った。 「良かった、お前もちゃんと人間だったんだな。なんだよ、でっかい声出せんじゃん!そっちの方がいいよ。おれは今のお前の方がなんか好きだな~。もっと学校でもそうやって怒鳴(どな)ればいいのに。あ、でも、おれだけが知ってるっていうのもいいよな……なんか特別な感じしねぇ?」 「なんだよ……脅すつもりか!?」 「おどす?なんで?それって面白いのか?おどされたい?」  警戒しまくりの俺に対して、颯太はアホ面で聞き返してくる。  こいつ……何考えてるのか読めない!! 「面白いわけねぇだろっ!!お前バカかよっ!!」 「うん、おれお前みたいに頭良くないからな~。そんな難しいこと言われてもわかんねぇよ。じゃあさ、おれがわかること言ってよ」 「は?」 「おれにできること!」 「じゃ……じゃあ……今お前が見たことは忘れろ!」 「おれが見たこと?」 「だからっ!!俺が……怒鳴ってたことだよっ!!」 「あ~……お前は忘れて欲しいの?」 「だから忘れろって言ってんだよっ」 「でも、俺今のお前の方が好きなんだけどな~……忘れたらまたいつもの嘘っぽいゆーとーせいに戻るんだろ?」 「……嘘っぽくて悪かったな……」  必死に作り上げてきたものを嘘っぽいと言われたことが少しショックだった。  本当の自分を押し込めていくら取り繕ってみても、所詮は嘘で塗り固めただけだ。  両親が褒めてくれないのは、やっぱり本当に良い子になったわけじゃないからなのかも…… 「わかった、じゃあ、忘れるからまたここで会おうぜ」 「はぁ?」 「俺はお前と話したい。作り物じゃないお前と会えるのは、ここだけなんだろ?だから、ここで会うのは二人だけの秘密な」  と、妙に大人びた顔で優しく笑った。  一瞬、こいつはバカのフリをしてるだけなんじゃないかって思った。  全てわかっていて、バカのフリをして世間を上手く渡って行くタイプ。  食えない奴……  でも、そんなこいつの言葉が、何だか心に響いた。  作りものじゃない俺と会いたい。  颯太はそう言ったのだ。  俺の中で颯太が“特別”になったのは……きっとあの瞬間だ……  それから一気に颯太と仲良くなった。  最初は山に登っている時だけだったが、徐々に普段も颯太と遊ぶことが増えた。  クラス一の問題児と仲良くなったことで、一部の大人たちには心配されたが、そんなことはどうでも良かった。  だって……俺自身をちゃんと見てくれたのは、颯太だけだったから……    恋愛感情かって言われたら、ただの憧れなのかもしれない。  颯太と恋人同士になりたいなんて、思ったことはない。    ただ、颯太のことがどうしようもなく好きだから、いつまでも傍にいたいと思っていた…… *** 「ん~……あっくん……あそぼー……ぅへへ」  あっくんって……いつの夢見てるんだよ……ばぁ~か  寝言を言いながら幸せそうに眠る相川の鼻をギュっとつまんで、ふっと笑った。  相川も俺のことが好きだったって言ってたけど……こいつが言ってたのは、たんに血気盛んな思春期にたまたま友達にまで欲情しちゃったのを、好きと勘違いしてるだけなんだと思う……  でも、勘違いしてるならそれでいい。  こんなチャンスきっともうないんだから……少しの間だけでもお前の愛欲を独り占めするくらい、いいだろ?  こんな関係は、所詮お前のEDが治るまでのことなんだし……  あの頃、お前に俺がどれだけ助けられてたか……お前は知らないだろ?  なぁ、颯太……お前は俺のヒーローなんだよ。  嘘で塗り固めた世界から俺を連れ出してくれた。  お前がいたから『俺』は『俺』でいられる。  大好きだよ……俺のヒーロー……  この先、お前との関係がどう変わったとしても……それだけは揺るがない……  相川の手に自分の手を重ねて、胸を締め付けるどうしようもない切なさと愛しさを抱きしめながら瞼を閉じた――…… *** 《いじっぱりにキス》 おしまい

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