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キスはしてもいいですか!? 第6話(相川)
相川は、聞きなれた足音に顔を上げた。
「お前……そんなとこで何やってんだ?」
エコバッグを下げた翠 が、訝しそうな顔で相川を見ていた。
バイト帰りに買い物をしてきたらしい。
「お~、お疲れ~。翠を待ってたに決まってんだろ?」
膝を抱えて座り込んでいた相川は、軽く片手を挙げて翠を見上げた。
「鍵持ってんだから、入ってればいいだろ?家の前に座り込むなよ。何かの取り立てかと思ったわ!」
「え、翠取り立てにあってんの!?」
「んなわけねぇだろ!!」
「ですよね~」
「とりあえず中入れよ」
「入っていいの?」
「……そんなとこでいられたら近所迷惑だからな」
「わーい!お邪魔しまーす!」
翠の言う通り、俺たちはしょっちゅう行き来をしているので、一人暮らしを始めた時からお互いの部屋の鍵は持っている。
でも、いくら幼馴染とは言え、立ち入ってはいけないことだってある。
特にお互いに彼女がいた時などは、勝手に入って彼女とイチャイチャしている最中だったら気まずすぎる。
だから、一応家に行く時は事前に連絡を入れるのが暗黙のルールになっていた。
だが、あれ以来、そのルールに則 って連絡を入れると、何かと理由をつけて翠の家に入れてもらえない日々が続いていたのだ。
「今日の飯何?」
「ん~?冷やし中華」
翠がバッグから材料を取り出す。
「え!うまそう……」
「……お前の分はないぞ?」
「ケチぃ~!!」
「来るなら連絡しろよ!!来るって言ってなかったから一人分しか――……」
「連絡したら入れてくれなかっただろ?」
「っ……まぁ……そうだけど……」
そうなのかっ!!
すんなり入れてくれたからちょっとは機嫌が直ったのかと思ったのに……
「それで、何の用だよ?」
「あ~……うん……えっと……」
翠を待っている間、夏樹と話していたことをいろいろ思い返していた。
夏樹は結局、俺にもっと翠の身体を労われと言っただけで、具体的なアドバイスは何も言わなかった。
まぁ、翠がどうして怒ってるかなんて、長い付き合いの俺にわからないことが、夏樹にわかるわけがない。
でも、話を聞いて貰えたことで、なんか俺もちょっとスッキリした気がする。
「あの……さ……」
「俺が麺を茹で終わるまでに話さないと、茹で汁かけるぞ」
「ぅえっ!?」
気がつくと、お湯が沸騰して翠が麺を茹でていた。
「え~と……え~と……キスはしてもいいですかっ!?」
ん?あれ?いや、俺何言ってんの?
翠の物騒なセリフに慌てて、思わず口から出た言葉がこれまた自分でも意味不明だった。
「……は?」
翠が、目と口を開けたマヌケな顔で固まって、麺を解 していた箸を落とした。
「いや、違う!ちょっと間違い!!いや、間違ってはないけど、順番を間違った!!」
「何の話だよっ!?」
「だから、その……って、麺ヤバくない?」
「えっ!?うわっ!!」
翠が固まっている間にお湯が吹きこぼれていた。
慌てて火を止めて麺をザルにうつす。
「あ~もぅ!麺がぁ~……」
翠が茹ですぎてのびまくっている麺を流水で洗いながら情けない声を出した。
「ご、ごめん……」
「責任取ってお前食えよ!?」
「え、俺が食べていいの?」
「喜ぶな、ばかっ!!」
呆れたような顔をした後、翠が小さく吹き出した。
「あのさ、ごめんな?」
「あ?別にお前が食うならいいよ」
「いや、麺の話じゃなくて!その……お尻の話……」
「っ!!ゲホッ、ゲホッ!」
「え!?おいおい、大丈夫か!?」
「なんっ……なんで俺がお茶飲んでる時にっ……ゲホッ!」
「ごめんっ!……あの、悪気はないから……っ!」
「悪気があったら殴ってるっつーの!まったくっ!」
「ごめんなさい……」
今日の俺、なんかタイミング悪すぎるな……
「相川のくせに、これくらいでしょげんな気持ち悪い!!」
しょんぼりと項垂れる俺の頭を、翠が結構な勢いで叩いてきた。
「痛ぇ!謝ったのに殴ったぁ~!」
「殴ってない。今のは平手で叩いたんだ」
「何その屁理屈ぅ~!!」
「うるさいっ!……はぁ~……尻のことはもういいから」
「え?」
「だからっ!尻の話は別にもういいっつってんの!」
「許してくれるの?」
「許すも何も……別に怒ってたわけじゃ……いや、腫れるまでヤったことに関しては怒ってるけどっ!!」
「やっぱり怒ってるじゃないかぁ~……!」
「当たり前だろうがっ!!だってっ……尻が治るまでバイト中も気になって集中できなかったしっ……!!」
「本当に申し訳ございませんでしたっ……」
痔 になったことがないのでわからないが、尻がずっとジンジンしていたら確かに集中できなさそうだ……
そういえば子どもの頃、熱が出て座薬を入れられたことがあったけど、なんか尻がムズムズして気持ち悪かったのを思い出した。
翠はこの2週間、ずっとその状態だったってこと?
そう考えると、申し訳なさ過ぎて翠の前で床に土下座をして謝った――……
***
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