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第3話

藤の運転する高級車が、人通りの少ない夜の住宅街を走る道路の路肩に ハザードランプを点滅させながら静かに停車する… 「藤社長…わざわざここまで送ってくれてありがとう…それじゃあ…」 「ん…気をつけて帰ってね。」 「はい。」 緋色(ひいろ)は藤に頭を下げ、車から降りようとしたその時―― 「…ひい君。」 「…ん?なぁに?社長…」 藤が躊躇いがちな声色で背後から緋色に声をかけ 緋色はドアハンドルを引こうとしていたその手を止め、藤の方を振り返る… するとちょっと身構えてしまいそうな程の真剣な眼差しの藤と目が合い―― 「…逃げたいと思ったら――何時でも私の所に来てくれていいんだからね?  私の車の助手席も何もかも――キミの為に空けてあるんだから…」 「ッ、…ありがとう…社長…でも。その手にはのらないよ?  “優しい言葉には必ず裏がある”って教えてくれたの  他ならぬ藤社長自身じゃない…だから――  逃げたいと思っても僕は社長のトコロにだけは絶対に行かない。」 緋色がちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながら藤にそう言うと 藤も困ったような笑みを緋色に向けながら口を開いた 「…キミもなかなか頑固だね。」 「しゃちょーもね。ねぇ…社長…  なんだって社長はこんな何の取り得もない…βの僕に(こだわ)るの?  自分で言うのもなんだけど――  こんな“THE平凡”が服着て歩いてるような僕なんかに拘ら無くても…  社長なら綺麗で見目麗しいΩやβ…  何だったらαだって選り取り見取りのハズなのに…何だって僕なんかを…」 緋色の表情が徐々に暗くなり、声のトーンも段々と小さくなっていく… そんな自身なさげに俯きだした緋色の顎に藤がそっと手を添え、軽く上向かせると やはり困った笑み様なを浮かべたまま緋色のライトブラウンの瞳を静かに見つめ 諭(さと)す様な口調で静かに緋色に向かって話しかける 「…また始まった。ひい君の自分を卑下する自虐癖…よくないよ?ソレ。」 「でも…」 「…ひい君は十分魅力的だよ。  でなきゃ今のバイトで№4になんかなってないし――  私だってひい君の事をここまで好きになんてなってない。  それにお兄さんだって――」 「?」 「あっ…いや…コッチの話し…兎に角!ひい君はもっと自分に自信もって!  この私が一目惚れしたんだから…」 「ッ、またそんな冗談を…あっ!もうこんな時間…!  僕、もう行かないと…っ、またね社長!」 緋色はそれだけ藤に言うと、飛び出すようにして車から降り 慌てた様子でそのまま車から走り去っていく… ―――また今日もひい君にフラれちゃった… 藤がそんな緋色の後ろ姿をぼんやりと眺めながら軽く溜息をつく ―――私は真面目なのに…なかなか上手くいかないもんだね。    まあ…ひい君がαを嫌い――警戒するのは分からなくもないけど… 緋色が角を曲がり―― 遂に見えなくなってしまった緋色の姿を それでも藤は緋色の姿を求め、名残惜しそうに瞳を細めながら 緋色の消えた曲がり角を見続ける… ―――やっぱり…付けちゃおっかなぁ…?マーキング…    ひい君が他の誰かに取られないように… α特有の独占欲が心の奥底からジワジワと湧き上がり 藤の表情を暗くしていくが―― 「ッ、」 ―――何考えてんだ…相手はまだ子供だぞ…、 それに気づいた藤がハッとなって軽く頭を掻くと 再び溜息をつきながら助手席のダッシュボードを漁り 中から普段吸わないブランドものの煙草と 綺麗な細工の施された純銀製のジッポライターを取りだし 若干苛ついた手つきで煙草に火を点ける ―――そもそも“あの店”ではαによる“商品”へのマーキングは厳禁…    そんな事したら店から出禁を食らって…客としてひい君に逢えなくなるし    “護れなくなる”…それだけは何としても避けないと… 藤が座席の背もたれに寄り掛かりながら煙草を一服し フゥ~…と天井に向けて白い煙を吐きだすと 煙の流れを眺めながら藤が目を細める ―――それにしても…ひい君ってやっぱ鈍感なんだなぁ…    ひい君の話からでも分かるくらい    お兄さんはキミの事を心配してるって事が伝わってくるっていうのに…    当の本人がお兄さんから“嫌われてる”って思い込んじゃってるんだから    お兄さん…報われないなぁ~… 藤は背もたれから身体を起こし、煙草の火を消すと その口元に笑みを浮かべながらサイドブレーキを下ろし 静かに車を発進させる… ―――でもまあ…私としては    ひい君がお兄さんの事を“誤解”れてくれたまま方が好都合なんだけどね。    なんたってライバルは少ないに越した事はないから…

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