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第4話
時刻はもう少しで午後21時を回ろうというところ…
―――大分…遅くなっちゃったなぁ…
緋色 は自宅の軒先 で、ゴソゴソと野暮 ったいスクールバッグを漁り
中から自宅の鍵を取り出す
―――ま、別に両親はどうだっていいんだよ。
僕に無関心だし…
どーせ僕が何時に帰ってこようが…何日も何処かで無断外泊しようが
気にも留めないしね…
ただ問題は――
兄貴…
緋色は憂鬱な気持ちで取り出した鍵を暫く見つめたあと
意を決してその鍵を鍵穴へと宛 がい
音を立てないよう…慎重に鍵穴に鍵を挿し込んでいく…
『…今度帰りが遅くなる様だったら、お前の携帯解約させるから覚悟しとけ。』
―――ッ、ホンっっトなんだって兄貴は僕の事気にするの?!
嫌ってる癖に…
疎 ましく思ってる癖に…!
だったらほっときゃいいのにっ!“あの人達”みたいに…っ、
なのに何で兄貴は――
『…それって――心配されてるんじゃ…』
―――ッない…、ッ、それだけは絶対にナイって…ッ!
だって…僕の第二の性が分かった時の兄貴のあの反応…
「…ッ、」
緋色の鍵を挿し込んでいた手がピタッと止まり――
悲痛な面持ちで緋色が鍵を持つ自分の手を見つめる…
―――…がっかりしたって…“失望したって”…
言葉にしなくてもわかるくらいあからさまに落胆した顔してさ…
両親以上にゴミを見るような…何処か責めるような目で僕の事見てきたこと…
僕…忘れてないんだから…
緋色はふと、自分の第二の性が判明した時の兄…
真紅 の反応を思いだしてしまい…
思わずその口から「ハァ…、」と深い溜息が漏れ…
緋色はなんだか泣きだしたくなる気持ちを堪 えながら再び鍵を慎重に奥まで差し込み
今度は先ほどよりも更に慎重に玄関の鍵をゆっくりと回していく…
―――第二の性が分かる前までは――幸せだったな…
あの頃はまだ…みんな優しかったし…
あの人達だって…まだ僕に期待とかしてくれてて…
兄貴と分け隔てなく笑顔で僕に接してくれていたし――
兄貴だって――何時も僕に優しくて…
何をするにも何処へ行くにも僕たち…何時も一緒だったのに…
『緋色。俺から離れるんじゃないぞ。』
『お前は鈍くさいからな。俺が守ってやらないと…』
『緋色。』
『緋色…』
「ッ、」
真紅が自分に微笑みかけ――
今では想像もつかない程優しい声色 で自分の事を呼ぶ真紅の姿が頭を過り…
緋色の胸の奥がギュッと締め付けられ、一瞬息が詰まる…
―――「離れるな。」って言ってた癖に…
「守ってやる。」って…っ、
なのに僕の第二の性が判明した途端、あんな…っ、
カチッ!…と、鍵の開く音が辺りに小さく響くが
緋色は鍵を握ったまま俯き、泣きそうな表情のまま軒先で固まる…
―――あんな…辛そうな顔…しなくたっていいじゃん…
あんな…急に余所余所しい態度になんなくったって…っ、
そんなに嫌だったのかよっ…
僕がβだったって事が…
「ッ、ぅ…」
急に目の奥にツン…とした刺激が走り…
緋色が慌てて目頭を押えながらドアノブに手をかけると
先ほどまで音を立てないようにと慎重になってたのが嘘の様に
緋色は思いきりドアを開け
今しがた過った思い出を振り払うかのように玄関の中へと飛び込み
急激に胸の奥から競り上がって来る感情を押えつけるかのように
グッと歯を食いしばる…
―――ッ、ああもうっ!
なんだって今更あの時の事なんかを思いだしたりなんかするんだよ…っ、
あんな…幸せだった時の事なんか今更思いだしたって…
自分が辛くなるだけなのに…っ!
「ッ、…ふッ…うぅっ、」
バタン…と、緋色の背後で玄関のドアが閉まり…
緋色は力無くドアに寄り掛かると
遂に瞳から溢れ出始めた涙を手の甲でゴシゴシと乱暴に擦りながら
漏れそうになる嗚咽 を必死に堪える…
そこにトン…トン…と、誰かが階段を降りてくる音が聞こえ――
「…緋色?」
「ッ!」
緋色がハッとなって声のした方を見る…
するとそこにはたった今階段から降りてきたばかりの兄…真紅が
眉を顰 め…訝し気な表情で立っており…
「緋色お前…今何時だと思って――、ッ!?」
真紅が若干苛ついた口調で緋色を問いつめようと
薄暗い玄関先で佇む緋色へと近づく…
しかし緋色の表情 を見た途端
真紅の表情はみるみるうちに強張っていき
真紅は素足のまま土間を駆け降り、緋色の元へと近寄ると
俯いている緋色の両肩を強く掴みながら声を荒げた
「緋色お前っ、何で泣いて――」
「ッ、あ、にきにはカンケーないでしょっ!ほっといてよっ!」
緋色は泣いている顔を真紅に見られたくなくて
俯いたまま自分の肩を掴んでいる真紅の手を振りほどこうと
もがき、暴れる
「緋色っ!」
「ッ、離してよっ…離してったらっ!!」
ドンッ!と緋色が力いっぱい真紅の胸を押すが
体格差からか、真紅は僅 かによろめく程度にしかならず…
「ッ、」
―――αだからって…急にデカくなりやがって…ッ!
緋色が自分と真紅の体格差に憤 る…
しかし真紅が僅かによろめいた隙をつき
緋色が真紅の横をすり抜け、靴を脱ぎ棄てると
そのまま急いで階段を駆け上がっていく…
「緋色っ!」
「うるさいっ!」
バンッ!と二階からドアが乱暴に閉まる音が聞こえ
後に残された真紅が茫然とその場に立ち尽くす…
そこにリビングのドアが静かに開き――
「…何を騒いでるの?近所迷惑でしょ?」
「母さん…」
リビングから顔をだした母親の姿を見た真紅が一瞬その整った顔を顰め
母親が、心底ウンザリといった顔をしながら
今しがた緋色が駆け上がった階段をチラリと一瞥 すると
玄関で立ち尽くす真紅の元へと近づく…
「真紅…またあの子に構ってたの?
もうあんな子に構うのはおよしなさい。時間の無駄よ。
それより――貴方は今年、大事な年なんだから…
あんな子に構ってないで…もっと自分の事を考えなさい。」
母親が困ったような笑顔を張りつけながら真紅に向かって手を伸ばす…
しかし真紅はそんな母親の手を払いのけると
軽蔑した眼差しを母親に向けながら、その口を開いた…
「…俺の事のより――
緋色の事を気にかけてやれよ…」
「…何故…?何で私が“アレ”の心配なんかをする必要があるの?
あんな…この先なんの見込みも無いβなんて…」
「ッ、母さんっ!」
「ホントの事でしょ?せめてあの子がΩだったら――
まだ利用価値はあったのに…」
「…ッ、」
母親の口から飛び出た有り得ない言葉に真紅は絶句し――
真紅は不快さを露 わにしながら目の前に立つ母親を乱暴に押し退けると
無言で階段を上っていく…
「ちょっと真紅!待ちなさいっ!」
「…アンタ…最低だ。」
「真紅っ!」
真紅は鋭い眼差しで母親を一瞥した後、階段を上りきると
そのまま自分の部屋へと姿を消した…
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