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第10話

「さて…着きましたよ、と…」 「…」 松田がお店の従業員用駐車スペースに車を駐車し… ギッとサイドブレーキを引きいてからエンジンを静かに止めると 「ふぅ~…」と一息つき―― 緋色(ひいろ)は後部座席に座ったまま 重たい気分で窓の外に見える自分のバイト先を見上げる… ―――相変わらず綺麗な建物なんだけど――    今日は一段とおどろおどろしく見えるな… 緋色はそんな事を思いながら 意を決してドアハンドルに手を伸ばす… そのお店――“Ophelia(オフィーリア)”は 郊外で廃業となった高級ホテルを改装して出来た、3階建ての洋館風な建物で… 辺りを深い森で(おお)われ―― さしずめ絵画オフィーリアの浮かぶ小川でも流れていそうな雰囲気の場所に建てられており “その界隈(かいわい)”では隠れた名店と呼ばれるほどの人気のお店で… 「あ…」 ―――あの車…藤社長の… 車から降り立った緋色が視線を上げたその先に 今はまだ開店時間前だとういうのに お客様用駐車スペースに藤社長の車を見つけ―― ―――松田さんが言ってたのは本当だったんだな…    藤社長が来てるって… 緋色は複雑な思いで車のドアを閉めながら藤の車を見つめる… そこに同じく車から降りた松田が声をかけ 「何やってるの(ゆい)ちゃん。行くよ?」 「あっ…はい!今行きます。」 緋色は野暮(やぼ)ったいスクールバッグを肩に抱えなおしながら 慌てて松田の後を追って玄関先へ―― すると玄関の綺麗な装飾の施された木製の扉の先から 誰かの怒鳴るような声が微かに聞こえ… 「あー…俺は裏口から入るわ。  というわけで――唯ちゃん、あとヨロシク。」 「えっ…ええっ?!」 扉の先から聞こえてくるその声を聞いた途端、松田は満面の笑みを(たた)えながら ポンッ!と緋色の肩を叩くと そのまま緋色を玄関先に残し、一人裏口のほうへと歩いていってしまい―― ―――…そんなぁ~… あとに残された緋色は途方に暮れた様子でその場に立ち尽くす… ―――ひどいよ松田さん…!    あきらかにこの扉の先は修羅場じゃんっ!! 「う”ぅ…」 緋色は泣きそうな顔をしながら玄関のドアノブに手をかける… 本当は緋色も松田に続いて裏口から入りたかったが―― 『キャストはこの舞台の立役者であり主人公!  そんな子たちが裏口からコソコソ入るなんてのはもってのほかっ!』 と、言うのがこのお店のオーナー兼店長の言い分で―― キャストたちは正面玄関から入る事余儀なくされ… (ちなみに当然ながらそれは仕事が始まる前までの話で 遅刻などをした場合はキャストといえども裏口から入ることとなる。) ―――松田さんには申し訳ないけど…遅刻すればよかった… そんな事を考えながらも緋色は覚悟を決め―― 玄関のドアをそぉ~…っと引きながら中の様子を伺う… すると玄関入って丁度正面に見える重厚感漂う広い階段の手前で 明らかにαと思われる見目麗しい二人の男たちが言い争っている姿が見え―― 「うわ…」 ―――あれは――藤社長と…もう一人は――(れい)さん…? そこにはこの店の人気№2のキャストであるαの零が 緋色のお得意様である藤社長と険悪な空気の中、対峙しており… その様子を、他の従業員とキャストたちが 近くのロビーに置いてある、椅子や机の陰などに身を潜めながら 遠巻きにビクビクとした様子で見守っている… ―――ナニコレ…どーいう状況…? 緋色はこの状況に呆気にとられ――玄関先で固まっていると ロビーでソファーの陰に隠れていたこの店の人気№1キャスト… Ωの(みお)が緋色に向かって 「ひいちゃんっ!コッチコッチ!」と言いながら手を振っているのが見え―― 緋色は慌てながらもコソコソと…澪のもとへと駆け寄った…

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