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「お客様、本日のイベントでは、相手の許可なく覆面を剥がすのは禁止行為になりますが」  突然聞こえてきた声に、男の動きが止まる。第三者の介入に、聖の体の強張りがとけてあからさまにホッとする。  邪魔をされて苛立っているのか、声をかけてきた相手に向かって男は不機嫌にまくし立てている。俯く聖は一歩横にずれて、男からさりげなく距離をとる。そして、後孔に埋めていた指を抜いて、静かに着衣を整えた。 「少し前から見てましたけど、お相手の方は同意してました? まあいいですけど、責任者呼んでお話しましょうか。ここにいるということは、もちろん規約とかもご存知ですよね。出禁とか違約金についての記載があったと思いますが」  終始強気だった男は、相手のきつい言葉にいそいそと去っていった。撃退してくれた相手に礼を伝えようと、顔を上げた聖の動きがぴたりと止まる。 「せい、くん……」 「言いたいことはいろいろありますけど、ここじゃあれなんで、ちょっとこっちの部屋入りましょうか」  白シャツに黒の細身パンツ、腰にはエプロンを巻いて、IMの従業員の制服を着用している誓が目の前にいた。  手首を掴まれ、近くにあった扉に押し込まれると、狭い空間にふたりきりになる。  部屋に入ってすぐ、両腕を掴まれて扉にぐっと押し付けられて、つけていた覆面を剥がされた。いわゆる壁ドンというやつに、少しだけドキドキした束の間、見上げた先にあった誓の表情に聖の表情が引きつった。今までにあまり見たことがない、明らかに怒った顔をしていたのだ。 「聖さん、そんなに飢えてたの? 欲求不満だった?」 「いや、えっと……」 「ハプニングバーなんて、どうして来たの? もしかして、あのままレイプされたかった? 俺が止めたの、迷惑だった?」  聖は慌てて首を横に振る。あのままされたくもなかったし、迷惑でもない。むしろ、誓に助けられて助かったのだ。  ひとまず、早く礼をしないとと思うものの、まず第一にホッとしたということがあって、なかなか言葉が出てこない。時間差で震え始めた指先をどうにか抑えながら、再び誓の顔を覗き込む。すると、誓が目を見開いて驚いている様子が目に入った。 「誓くん、あの――」 「……ごめん、言い方が良くなかった。聖さん、泣かないで」  誓の指先がそっと伸びてきて、聖の目尻に付着した水分を拭い取る。  言われてはじめて、自身が涙を浮かべていることを聖は自覚した。無意識の内に、まさか泣いてしまうなんて――手の甲で雑に拭って、誓に向かって必死に笑いかける。 「あれ、ごめん、そんなつもりなかったんだけど、ちょっとその、誓くんが助けてくれてホッとしたのかも……本当にありがとう、俺何してんだろうね」  ――先程の相手だって、最初から強引に迫ってきたわけではない。まるで誘惑をするかのような、調子に乗った行動をしたから痛い目にあったようなものだ。

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