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4-9(本編完)

 仮面を外しながら部屋に入ってきた誓は、肩にかけていた荷物を近くの机の上に置く。 「聖さんの荷物、これで全部ですかね」 「うん、ありがと」 「自分の分も持ってきますね、着替えておいてください」  マジックミラー付き個室での行為が終わってすぐ、聖は誓によって従業員控え室へ連行されていた。「もうフロアに戻したくないから」と真剣な眼差しで口にする姿に首を傾げつつ、言われた通りに従うことにしたのだ。  控え室に連れてこられた聖は、入室してすぐに覆面を外され、その顔を見た誓がふっと笑う。そして、頭をぽんと軽く撫でてから、聖の手首についていたロッカーキーを抜き取った。荷物くらい自分が取りに行くと言ったが、俺が嫌だからと言われてしまったら何も言えなかった。  ひとりがけのソファに座らされ、肩にはバスタオルがかけられ、ひとりで留守番していたところである。  戻ってきて早々、また部屋から出ていく誓の背中を目で追う。ばたんと扉が閉まる音を聞いて我に返ると、自身が下着しか身につけていないことを思い出し、荷物の方へ寄って慌てて着替え始めた。 「……聖さん、開けていいですか?」  コンコンと控えめなノック音が聞こえて、返事をすると誓が隙間から顔を覗かせる。 「もう準備出来てるなら出ましょうか」 「あ、うん」  控え室を出て、廊下を通って、入ってきた入口とは別の場所から建物を出る。その間の会話はなく、誓は聖の手首を掴んでずんずんと歩き進めていくのみだった。  少しだけ歩いて、車通りの激しい大通りに差し掛かったところで、誓は振り向いて聖の顔を覗き込む。 「どうしましょうか」 「え?」 「このまま帰るか、もう少し一緒にいるか……聖さん、疲れてるかなと思って」 「誓くんが、嫌じゃなければ」 「うん」 「もう少し一緒にいたい、かな」 「それなら、どこか喫茶店とかでも入りましょうか」 「……違う、ふたりきりのところに……俺の家でも、ホテルでも」 「ああ、なるほど、そうきましたか……」  今ならなんでも素直に伝えられるような気がすると、聖は恥じらいながらも思いを口にする。  そんな聖に対して、誓は一瞬だけ面食らった顔を浮かべて、それからすぐに笑顔を見せた。 「わかりました、そしたらタクシーで俺の家に行きましょう」 「……うん」  タイミング良く通りかかったタクシーを止めて、ふたりは無言のまま後部座席に乗り込んだ。扉が閉まって誓が住所を告げると、タクシーはすぐに発進する。  車内は終始無言だった。他愛もない話でもすればいいとわかっていながらも、なにを言っていいかわからず、聖は黙り込んでしまっていた。なんとなく視線が窓の外に向かい、内心かなりドキドキしながらも、平静を装って見慣れない外の景色を眺める。  ぼんやりとしながらも、ふたりの間に置いていた荷物がぐらりと揺れるのを、視界の隅で捉えた。誓の方へ倒れないよう、自分の方へ引き寄せようと手を伸ばした瞬間。鞄の後ろ、だいぶ聖寄りに置かれた手のひらに気が付き驚いた。  ちらりと隣を見上げて、しっかりと目が合う。  誓の表情を見て、たまたま置かれたものではないこと、そこにあった意図をすぐに理解した。鞄に触れようとしていた手を、鞄の後ろにずらしていき、そこにあった手のひらにそっと重ねると、ぎゅっと握り返された。  隣にいる誓は口元に弧を描いて、すごく機嫌良さそうに前を見ている。そんな嬉しそうな顔を見ていると、不思議と恥ずかしくなってしまって、聖は頬杖をついて窓の外を見るフリをしながら、指先の力を込めた。

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