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第4話

壁しか頼るものがないなんて。柴田は壁に手をついただけの恰好で、ほとんどやけくそになりながらなんとか立っていた。後ろ孔に冷やりとしたものが当たって、逢坂はローションを一体どこに忍ばせていたのだろうと考えた。背中に唇の感触、ちゅっとわざとらしいリップ音がして離れる。指が入ってきて思わず眉間に皺が寄る。もう何度もこんなことはしているが、それでもその一瞬、はじめてそこを貫通された時の記憶が蘇ってきそうになる。その時も相手は逢坂だった。血も出なかったし、痛いより気持ちいいだけのセックスだったが、何となくこの一瞬だけは、すっと熱が覚まされるような気がする。ローションで滑りが良くなった中は、逢坂とセックスをすればするほど毎回感度が良くなっていって、それを彼は喜び、柴田は何か空恐ろしくなった。 「ん、ん・・・っ」 「侑史くん、ほら、もうとろとろ」 「・・・うるさ・・・ぁっつ」 「えろい体になっちゃったね」 笑いながら楽しそうに逢坂が指を増やす。こんなに自分は呼吸が苦しいのに、逢坂は笑う余裕すらあって、いつも不平等だと思う。 「誰の、せいだよ・・・ん、ぁっ・・・」 「俺のせいなの?俺に開発されちゃったの?侑史くん」 「・・・かいはつ・・・」 呟いて意味を考えた。茹だった頭では、いつもみたいに上手い具合に答えに辿り着けない。 「責任取るね」 若い男は責任の言葉の意味をきっと知らない。 「俺と一緒にいっぱい気持ちいいことしようね、侑史くん」 呟かれてゾッとする。そんな責任の取り方があるかと怒鳴りたい唇を、我慢して結ぶ。聞かなかったふりをするしかない。 「侑史くんそろそろ限界?挿れて良い?」 「いちいち、聞く、な」 指が抜かれる。聞きながらふっと逢坂が後ろで笑った気配がした。見えないので柴田にはよく分からない。壁に肘から上をべったりつけて、ほとんど凭れ掛かるようにして立っていた柴田は、ふと振り返って逢坂の様子を見やった。そこで彼は、柴田の触れた覚えがない勃ち上がった自身のものにコンドームをつけていた。相変わらず若いとそれを見ながら思う。 「なに」 「・・・しず、服、お前も脱げよ」 「やだ」 にこっと笑われて、先程と同じ要領で柴田の要望は切り捨てられた。そのまま腰を掴まれる。ずっと後ろにいたから分からなかったが、逢坂はきっちりTシャツにパーカー姿で乱れたところがなかった。自分は何も着ていないのに、急に恥ずかしくなって柴田は慌てた。 「なん・・・オイ・・・」 「前向いて、侑史くん」 「脱げよ、なんで・・・ァ」 後ろ孔に宛がわれて、思わず体が震える。ぐっとそれが確かな体積を持って、柴田の中に入ってくる。壁についた手にぴったり額をつけて奥歯を噛む。何度やってもそれに慣れても、やはりすんなり入るものではない。本来の用途と違うことに使うからだ。 「あ、あぁ・・・う」 「侑史くん、もうちょっと、力抜いて、よ」 「・・・む、り」 後ろから聞こえる逢坂の声が、少しだけ余裕を欠いている。何となく嬉しくなって、柴田は口元が勝手に歪むのが分かった。痺れが爪先まで広がって届いて、こっちだって立っているのが精一杯なのだ、他の要望なんて聞き入れられるわけがない。 「全部、入った」 「・・・ん、」 「苦しい?」 首を振ってそれには答える。急に優しくするなと思いながら言わない。 「動くよ」 逢坂が低い声で言って、柴田は唇を噛んだ。腰を掴んだ逢坂の手に、力が入るのが分かる。逢坂が動くたび、逢坂のジーパンについているバイクの鍵やら何やらがそれぞれぶつかってじゃらじゃらと金属音がする。ジーパンすら満足に脱いでいないのが見えなくても分かる。 「んん、ぁ、っ・・・し、ず」 「ん、な・・・に?」 「ぬ、げ、うるさ、い」 「・・・や」 平仮名一文字で子どもみたいに答える。男は時々年齢以上に幼稚になった。逢坂はふふっと声を出して笑って、柴田の腰を掴んで引き寄せる。 「あ、あっ、ん、ァ」 「侑史くん、右、み、て」 不意に逢坂がそう言って、柴田は逢坂が何を言っているのか余り深く考えずに、言われたまま首を動かして右を見た。玄関の前には大き目の姿見がある。出掛ける時に可笑しなところがないか、それでいつもチェックしているのだ。毎朝そうやる柴田を見ながら、女の子みたいと逢坂に一度笑われたのを思い出した。その姿見に丁度、何も着ていない自分と、その腰を抱いている逢坂が映っている。逢坂が何を考えているのか分かって、さっと柴田は顔が赤くなったのが分かった。 「しず・・・っ!」 「っ・・・急に、絞めないで、侑史くん」 優しく囁かれて、また背中に唇の感触がする。 「どう?コーフンした?」 「・・・こ、ろす・・・」 「目、座ってるよ、侑史くん」 こわぁいと逢坂は言って、全く懲りた様子なく笑った。

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