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第5話
姿見の中で何故か逢坂はグレーのフードを目深に被っている。
「侑史くんは、未亡人、なの」
「あっあ、ん、や」
「それ、で。毎日、体をね、持て余して、て」
「う、ぁ、しず、うるさ・・・んん、」
「ある日、家に来た、空き巣の、俺に」
「あ、は、ぁっん」
「玄関で、立ったまま、やられ、ちゃうの」
「や、ぁ・・・しず、あっ」
「いや、なんだけど、体は男を欲しがって、鳴くの、ね」
口元しか見えない逢坂のそこが歪む。柴田は彼が何を言っているのか、何を言いたいのかよく分からない。余りにも歳が離れているので平常からそういうことは良くあったが、こういうことの最中にはそれが一層顕著になる気がした。柴田は考えようとしたけれど、揺さ振られてそんな余裕はなく、ただだらしなく声を漏らしていることしかできない。
「っていうの、どう?けっこう、コーフンする、でしょ」
「あ、あっん、んァ」
暫く放って置かれた性器を、後ろからきゅっと握りこまれて、柴田はもう何でもいいと思った。相変わらず逢坂が何を言っているのか分からないが、それが若者の言葉で、自分が理解できないだけなのかもしれない。だとしたらそれに気をやっているだけ時間が無駄だ。逢坂がゆるゆるとそれを扱くと、柴田はあっけなく彼の手の中に白濁のものを放っていた。
「・・・あ・・・―――っ」
「侑史くん、イクのはやい、気持ち良かった?」
後ろからまた頬にちゅっとキスをされたのが、皮膚の感触だけで分かった。無意識に眉間に皺が寄っていることに柴田は気付かない。
「・・・つ、かれた・・・」
「もっと色っぽいこと言ってよ。侑史くんは、ほんとに」
「・・・抜いて・・・寝るから・・・」
「やだよ、俺まだいってないのに」
頭の中が酷く熱い。やはり柴田は逢坂の言っていることがよく分からない。
「もうちょっと俺とえっちなことしようね」
耳元でそう囁かれて、柴田は流石に、その意味だけは理解した。
「・・・このまま、俺は・・・死ぬのかな・・・」
ソファーに転がったまま、柴田はひとり誰に聞かせるわけでもなく呟いた。目の前のテーブルでサラダを盛り付けていた逢坂がふっと振り返ったのと目が合う。
「え?なに?死ぬほど気持ち良かったって?やだなぁ、侑史くんのえっち!」
「・・・ほんとお前、お気楽で羨ましい・・・」
それにいつもみたいに言い返す元気もなく、柴田はふうと溜め息を吐いた。結局散々良いように弄ばれて、もともと疲れていた体が、指一本動かすことも億劫なほどぐずぐずに疲労している。それなのに眠ることも出来ずに、夕飯を作るからそこで待っていてと言われて柴田はベッドではなく、ソファーに寝転がっている。眼鏡を外してテーブルの上に置いているので、景色はぼんやりとしていてそれが一層眠気を誘った。もう何も食べる気力などない、早く目を閉じて眠りたい、ただそれだけだ。それなのに柴田が寝ころんでうつらうつらしているその前で、自棄に清々しい良い顔をして逢坂は何やら凝ったものを作っている。大学生でひとり暮らしの彼は、料理をする機会が多いのか、割と何を作らせても器用に上手に作った。柴田は逢坂の作ったものを半強制的に何度も食べることになっているが、こんな状態でなければ柴田だってもっと喜ぶことが出来たはずだった。けれど今はそんなもの見たくない、兎に角眠りたい、それだけだった。
「侑史くん、お待たせ、できたよー」
良い笑顔で逢坂が無邪気に呼ぶ。兎に角眠りたいと思いながら、何となく眠ってしまっては逢坂に申し訳ないという気持ちもあるらしく、まどろんではいるが完全には寝入っていなかったはずの柴田だったが、その頃になるとすっかり意識を手放して、ソファーの上で小さくなって眠っていた。逢坂はそれを見つけると、ソファーの傍まで寄っていってそっと柴田の短い髪の毛を撫でた。
「んっ・・・」
狭いソファーの上で、逢坂が髪の毛を撫でる感触が伝わったのか柴田が身じろぐ。
「わぁ・・・やらしい声」
言いながらひとりで笑って、逢坂は眠る柴田をぐいと抱き上げた。柴田は身長こそあるものの肉付きの少ない薄っぺらい体をしているので、抱き上げるのにはそんなに苦にはならない。起きていれば確実に怒られていたと思うが、眠っていれば静かなもので、柴田は勿論何も言ってこない。寝室は隣だ。狭いソファーなんかで眠るより、大きいベッドで眠ったほうが疲れも取れるだろう、と逢坂は思った。柴田をこんなに疲れさせたのは半分逢坂に原因があったのだが、それを棚に上げて。すると眠っていたはずの柴田の目蓋が、急にひくりと動いてうっすら開く。こんな時でも熟睡できないのが柴田らしいと思った。
「・・・し、ず」
「なぁに、ベッド行こうね」
「・・・ご、めん」
目を開けた柴田にできるだけ優しい声色に聞こえるように、逢坂は答えた。眠たい目のままの柴田はそれにそう言い、そしてまたゆっくり目を閉じた。何のことを謝っているのだろうと逢坂は考えた。折角気合を入れて作ったものの、食べてはもらえないだろう夕食のことか、それとも運んでやっていることだろうか、どちらでも良かった。柴田がそんなふうに素直になるのは酷く珍しかったから、睡魔が柴田の正気を失わせてくれているのだと逢坂は思って、それに感謝すらした。逢坂は柴田をベッドの上に下ろして、その上からきちんと布団をかけた。長い手足をきゅっと丸めて、柴田は眠る時出来るだけ小さくなろうとする。眠る柴田の目の下にはクマがある。出会った時からそれはそこにあり、濃くなったり薄くなったりはするものの、完全には取れない。
「やめてよ、そんな可愛いこと言うの。またしたくなっちゃうじゃん」
きっと起きていたら怒るだろう、柴田のことだから。考えながら逢坂は、穏やかな顔をして眠る柴田の頭を撫でた。起きている時も少しはそういう顔をしていればいいのに、と思う。柴田は険しい顔をしてばかりだ。それも半分くらいは逢坂自身のせいなのだが。
「おやすみ、侑史くん」
額にキスを落として、逢坂はひっそりと呟いた。
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