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第23話

テレビが光っている。柴田はそれを見るわけでもなく見ていた。グレープフルーツサワーが良い具合に脳をぼんやりさせていて、目を閉じたら眠ってしまいそうだと思う。色々と考えていたことも闇に溶けて、半分以上どうでも良くなる。こんな風に繰り返して騙すみたいにして、何とかやっていかなきゃいけないのかと思うとうんざりするけれど、多分自分はそれを止めたりはしないだろう。分かっている。かぼちゃのプリンはホイップが沢山乗っていてカロリーが高そうだと思ったけれど、逢坂はそれだけでは駄目だと言ったりして、何だか不思議だ。サワーの缶をテーブルの上に置いて、柴田は眠い目を擦って欠伸を噛み殺した。今日は早くお風呂に入って、それから早く眠ろう、思って立ち上がる。少しだけ足元がふらついた。その時インターフォンが鳴って、バスルームに向かっていた足が止まる。宅急便だろうか、何か買った記憶はないが。 「はーい」 二度目のインターフォンが、柴田を急かすように鳴る。それに聞こえてはいないだろうが返事をして、柴田は廊下を急いで扉を開けた。 「侑史くん」 「・・・―――」 そこに逢坂が立っていて、柴田は一瞬言葉を失った。逢坂は柴田と目を合わせるとにこりと笑う。開けた扉からするりと入ってくると、逢坂はぼんやり見上げている柴田のことをぎゅっと抱きしめた。逢坂の手は、やっぱり今日も少し冷たい。 「なんで、しず。お前レポート」 「ん、何となく、侑史くん寂しそうな顔してたから。なんかあったの?」 「・・・忘れた」 何かあったような気もするし、何でもなかったような気もする。逢坂がするりと腕を離して、柴田の目を見つめると黙って唇にキスをした。逢坂の手は冷たいけれど、唇はいつも熱い。逢坂の唇の熱なのか、自分の熱なのか、判別はつかないけれど。 「何それ、変なの」 「いいだろ、別にそんなこと」 「寝ようとしてた?体熱いね」 「酒だよ」 ふふっと笑って逢坂はまた柴田の唇にちゅっと音を立ててキスをした。そのまま抱き締められるか、ここで押し倒されるかと思っていると、逢坂は柴田の体からするりと腕を解いて、履いたままだった靴を脱いだ。それを見ながら柴田は少しだけ口惜しくなる。 「ご飯食べた?」 「・・・買ったもの食べた」 「プリン?」 まるで自分の家に帰って来たみたいな自然さで逢坂が廊下を歩きながら、肩から鞄をすっと外した。それに歯切れ悪くぼそぼそ答えながら、柴田は後をついて行く。テーブルの上には空になった容器がそのまま置かれていて、隣には少しだけ中身の残ったサワーが放置されている。捨てておけばよかったと、それを見ながら柴田は少しだけ気まずい気持ちになる。 「何か作ろうか、っても何もないしな、侑史くんの冷蔵庫」 振り返って逢坂が笑う。そして冷蔵庫のほうに行くと、屈んで中身を覗いている。まだ買った水はリビングに放置したままで中に入れてない。考えながら柴田もそれを追いかける。何が入っているのか、多分ここに住んでいる柴田より逢坂の方がよく知っている。 「何か買って来れば良かったなー・・・」 独り言みたいに逢坂が言う。立ち上がったところで堪らなくなって、柴田は後ろから逢坂を抱き締めていた。逢坂の体がびくりと腕の中で震える。 「そんなの後で良い」 「・・・どうしたの、侑史くん」 「後で良いからはやく」 「・・・―――」 逢坂は少しだけ黙ってから、首だけを回して柴田の方を見やった。口元は笑っている。 「どうしたの、侑史くん、ほんとに何かあったの」 「何もないよ、何もない」 「おかしいよ、今日」 言いながら逢坂がするりと柴田の腕の中で体を反転させて、柴田の頬に手をやると指で頬を擦るように撫でた。くすぐったい。冷たい手のひらは気持ち良かったけれど、もっと確かな方法で触って欲しかった。こういう欲求が自分の中にあることを、多分逢坂に会わなければ知らなかった。知らないでいたほうが良かったのかもしれないけれど、もうこうなってしまえば仕方のないことだった。 「忘れた、閑が来てくれたからなんでもいい」 「・・・―――」 一瞬逢坂の指が止まって、驚いたように目を開く。柴田は背伸びをして逢坂の唇を塞いだ。どうして今日はこんなに緩慢なのだろう、いつも待ってと言うのはこちらなのに、考えながら唇を離す。はぁと熱い息が自分の口から漏れる。足りずにもっとと体の奥が言う。まだ何か思案しているらしい逢坂の指を待っていられなかった。柴田は逢坂のTシャツを引っ張って、ほとんど無理矢理脱がせた。金髪が形を変えてさらさら零れる。それを手ぐしで戻して、逢坂は困ったように笑った。 「やっぱりおかしい今日」 「もういいだろ、そんなことどうでも」 「良くないよ、いつもこれくらい素直だったらいいのになぁ」 「なぁ、しず」 甘えるように名前を呼ぶと、逢坂が顔を近づけてくる。それが降ってくるのを待っていられずに、柴田はまた背伸びをして逢坂の唇に触れる。 「待って、侑史くん」 「いやだ、待てない、はやく」 「いつもと逆だ」 「なぁ、なんでそんな」 今日に限って。逢坂の目が細められて、何だか柴田はそれに見られているのが耐えられなくて、体をわざと密着させて逢坂を抱き締めた。逢坂が黙ったまま後頭部を撫でてくれる。けれど欲しいのは、今欲しいのはそれじゃなかった。頬をぴたりとつけると逢坂が笑う気配が伝わってくる。 「分かった、分かったよ。ベッド行こうね」 いつもと変わらない、声が聞こえる。

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