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第25話

「逢坂―、社会学、ノートさんきゅ」 「おー」 声がしたほうを見やると、真野がこちらにルーズリーフを纏めたファイルを差し出している。逢坂はそれを受け取ると、ロッカーを開けて自分の鞄を引き出すとその中に無造作に放り込んだ。真野はその隣のロッカーを開けてパーカーの上からコンビニの制服を着ている。 「真野っちってノートとかちゃんと取らない人なんだね」 「はは、俺たち見た目と中身がちぐはぐだよな」 言いながら笑って、真野はやや乱暴にロッカーの扉を閉める。真野は黒くて短い髪の毛に、黒の眼鏡をかけている。服装だっていつもシンプルで全体的に飾り気がない。逢坂と同じ函谷関大学の経済学部の学生だが、逢坂はバイトで同じシフトになるまで真野の存在は知らなかった。その容姿からきっと真面目な学生なのだろうと思ったが、ふたを開けてみると案外そうでもなくて、人は見た目にはよらないと呟くと、真野は笑ってそれはお前にも言えることだろうと、平然としていた。真野に言わせてみせると、どうやら逢坂の金髪がいけないらしい。金髪にしたのは2年生になった直後で、特別他意はなかったが、大学生の間きっとできないだろうしと思い立ってやった。そこそこ女の子にウケたので、それから1年くらい同じ髪型にしている。それくらいしか理由がない。真野にそう言うと薄っぺらいと言ってまた笑った。 「それより逢坂、サエと別れたってマジ?」 「あーうん、浮気されてたから」 「うっわ、酷いなそれ」 「良いよ、別に。サエはたぶん、俺の運命のひとじゃないから」 制服につけっ放しの真野の名札が曲がっている。逢坂は手を伸ばしてそれを何ともなしに直すと、真野は黙ったまま口角を上げた。真野はこういう時にきちんとお礼を言わない人だった、代わりに不思議な不敵な笑いを零す。ふたりでだらだらとレジの方に向かう。今日も客はいないそこは、商品がきちんと陳列されているだけで自棄にがらんとして見える。 「運命のひとってなに」 「んー、なんか姉ちゃんが言ってたんだけど、運命のひとは手を握っただけで分かるんだって、びりびりって電気が走るって」 「なにそれ、静電気じゃん」 「姉ちゃんはそれで今の旦那と結婚したから」 「へー、静電気で?」 「だから違うって」 ぴろぴろ来店者を告げる音楽が鳴って、逢坂は首を回して入口を見やった。ここからは良く見えないが、どうやら誰かが来たらしい。 「いらっしゃいませー」 「なぁ、逢坂、どうすんの、サエの次。お前、何人かキープみたいなのいるんだろ」 「いないよ、真野っち俺のことなんだと思ってるの」 「だって伊原はいつもとっかえひっかえじゃん」 「伊原っちと一緒にしないで」 学内で有名なプレイボーイとは確かに仲が良かったが、彼と自分は根本的に何かが違う、少なくとも逢坂はそう思っている。彼の女性関係について、逢坂は余り宜しくないと思いつつ口を出さないことにしている。もう双方大人だから詮索し合うのも面倒な気がしたし、友だちとして付き合う分には悪い男ではなかったからかもしれない。それは彼に人間として興味がないからじゃないのかと真野は不敵な笑みのまま言う、そうかもしれないと逢坂は黙ったまま思った。どちらにしても失礼でしかない。 「お前、レジ」 「何で俺ばっかり・・・」 目ざとく真野がレジに並ぶ客を見つけて、そんな簡単な言葉とともに逢坂に顎をしゃくって見せる。文句を言いながら、逢坂は客が待っているレジに向かった。接客が嫌いなのか苦手なのか、真野は大体レジ打ちをしたがらない。客が余り入らないコンビニなので、ふたつのレジが埋まることも余りなくて、逢坂は真野の言うとおりレジをいつも打つ羽目になっている。接客が嫌いならばコンビニのバイトなど止めたほうが良い、思っているが逢坂はそれを口には出さない。真野は今やらなくてもいい在庫を確認するための表を取り出して、仕事をするふりをしながらにやにやしながら逢坂の背中を眺めていた。 「いらっしゃいませ」 いつものように籠の中から商品を取出し、バーコードを読み取っていく。袋に全部入れて合計金額を告げると、その前に千円がぽんと置かれていた。何もしないで仕事をしているふりをしているだけなら、商品を袋に入れることくらいしてくれても良さそうなものなのに、後ろでニヤニヤしているだけの真野の気配を感じながら逢坂は千円をレジに入れていつもの調子でお釣りを選び出した。 「203円のお釣りです」 差し出された手の上にレシートとともに乗せる。その時、指先が手のひらに僅かに触れ、びりっと痺れた。はっとして顔を上げると、客の目線もお釣りを受け取るために下に落ちていて、逢坂とは目が合わなかった。銀色のフレームの眼鏡をかけたそのひとは、すっと視線を上げると驚いて目を見開く逢坂のことなど眼中にないのか、そのままひらりと体を捻ってレジから遠退いていく。 「あ・・・ありがとうございました」 慌てて普段はそんな風には声をかけないのに、その背中に思わず口走っていた。するとふとその背中が振り返って、逢坂の視線を捉える。 「ありがとう」 口元だけが少しだけ笑みの形を作る。どくんと心臓が耳の傍で鳴った。そのまま背中は外に出て行き、来店の際と同じぴろぴろと間の抜けた音が店内に響いている。逢坂はしばらくそこでぼんやりとその背中が出て行った後の自動扉をただ見やっていた。 「おうさかー、そういや店長がさ、次のキャンペーンの販促組み立てろって言っててさ」 「・・・―――」 思い出したように、真野が裏から販促の入ったビニールの袋を持ってくる。しかし逢坂は呼びかけには答えずに、まだ扉の向こうを見ている。 「逢坂?聞いてる?」 「・・・ま、真野っち、いま!」 「は、なに?」 急に振り返った逢坂の勢いに押されて、真野は2,3歩足を後退させた。逢坂はそれには気付いていない様子で、右手を真野の目の前に差し出す。 「今・・・びりってした・・・」 「は?」

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