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第27話

いつも500mlのミネラルウォーターを買う。1本か2本。疲れている時は栄養ドリンク、これは決まって2本。お酒は女の子が飲むような酎ハイとかサワー、特に好きなのはグレープフルーツサワー。時々炭酸のジュースも買う。ヨーグルトとプリンが好き。ヨーグルトはあっさり、プリンはこってり系が好き。時々デザートも買う、デザートを買う時は割と元気で顔色が良いことが多い。煙草はクールのボックス、あんまり吸わないので1週間に1箱くらい、仕事が忙しくなると2箱になる。でもそれ以上は増えない。名前は偶然レジにいる時に電話を取ったとこがあってその時分かった、柴田さんというらしい。 「ありがとう、逢坂くんはいつも、親切だな」 多分歳は20代後半くらいだろう、している仕事は分からないけれど、帰ってくるのはいつも遅くて夜のシフトの時間に来ずに深夜に来ることもある。柴田さんと名前を呼んで色々話しかけると、無表情の時の冷たい印象とは違って、疲れている時でも優しく笑う人だった。あからさまに年下のコンビニのアルバイト相手にも、きちんとそんな風にお礼を言える人だった。嫌味のない低音が色の薄い唇から零れて、俯くたびに白いうなじが無防備に晒されたりして、痩せている癖にきちんと自分の足で立っていて、そういうことをひとつひとつ知るたびに、ひとつひとつ近づいているのか、遠ざけられているのか分からなくなってくる。いつも揺れる手首を掴んでその正体を知りたいと思うけれど、逢坂はそれを実行できないでいる。 「なぁ、逢坂、お前あの柴田さん?だっけ、あのひともういいわけ」 「え?なんで」 「だってお前、今安井と付き合ってるんだろう」 「あぁ、よりちゃん」 ぼんやり答える逢坂の眼は、何か別のことを考えているみたいだった。学内で一度擦れ違った時に、女子生徒とふたりで逢坂は歩いており、その姿を見て何だか真野は安心していた。いつもはそんなことは絶対しないのだが、その時ばかりは、真野は逢坂に後ろから声をかけてその真相を確かめたかった。結局何もしないで遠ざかる逢坂の背中を見ていただけなのだが。 「別に付き合ってないよー、よりちゃん料理が上手だから教えてもらってるの」 「何お前、こんなにバイト突っ込んでんのに家計やばいの?」 「ちがくて、ほら、もし付き合うとかそういうことになったら、俺がご飯作ってあげればいいんじゃないって思って」 「・・・は?」 話が読めなくて聞き返すと、逢坂はふと真野に視線をやってにこりと微笑んだ。それ以上の意味はないようだった。真野は逢坂に聞こえるように大袈裟に溜め息を吐く。 「お前さ、ほんとに、気持ち悪いよ」 「そう?俺なりに色々考えたんだよ、俺が出来そうなこと」 焦点のいまひとつ定まっていない瞳で逢坂がぼんやりと呟く。それを見ながら真野はレジの中身を数えていた手を止めた。 「今日なんか元気ないな、逢坂」 「うーん、俺思うんだけど、何となくなんだけど多分柴田さんには付き合ってる人か好きな人がいる、と思う」 「へー、なんで」 「何となくだよ、根拠はないけど」 言いながら逢坂は立ち上がって、大きく伸びをした。こんな風に誰かを真摯に、逢坂のそれが真摯とは何か違う気がしたけれど真野はその時他に何と考えたらいいのか分からなかったので、とりあえず真摯ということにしておこうと思った、誰かを真摯に思うことを知らなかった、それは真野もだったし、おそらく逢坂自身でさえ。人を好きになることはきっとこんなに面倒臭くて色んな技巧を張り巡らせらせなくてもいいはずだった。少なくとも真野が今までやって来た恋愛ではそうだった、おそらく逢坂だってそうだろう。何が逢坂をそこまで駆り立てているのか、その時真野には分からなかった。 「どうすんの、でもお前、諦めたりしないんだろ」 「うん、だって柴田さんは俺の運命のひとだから、柴田さんにとって俺が運命のひとかどうか分かんないけど」 「なにそれ、不毛だな」 「不毛でも何でも良いの、俺は俺のできることを考えてる」 そう言って逢坂が複雑な表情で笑ったことを、真野は良く覚えている。 『7月12日、ミネラルウォーター2本、栄養ドリンク2本、グレープフルーツサワー、ブルーベリーのヨーグルト』 『7月14日、ミネラルウォーター2本、栄養ドリンク2本、グレープフルーツサワー、ホイップ入りのプリン。また忙しくなってきたらしい。目の下のクマが酷くなってきた』 『7月20日、ミネラルウォーター1本、栄養ドリンク2本、白いサワー、アロエヨーグルト、クールのボックス』 柴田は呆然として立ち尽くしたまま、機械的に書かれている美しい字を指でなぞった。5月から始まったそれは、7月になってもまだ続いていた。この頃コンビニ店員の逢坂とは、会えば少し話すようになっていた頃だと思う。つたない記憶を必死で手繰って思い出そうと躍起になる。柴田はぱらぱらとページを捲った。日付がどんどん進んでいく、夏が過ぎて10月の日付も見える。その頃にはもう逢坂は柴田と名前のない不思議な関係がはじまっている頃だ。それでも記録は続いている。この部屋で濃密に抱き合った後、逢坂はどんな顔をしてこれを書いていたのだろう。もうこんなもの必要ではないくらい、逢坂は柴田のことを知っていた後ではなかったのか。柴田は考えながらページを戻してまた7月から読み進めた。 「何やってるの」 ふと声がして柴田ははっと顔を上げた。いつものように上半裸で逢坂はバスルームから出てきていて、肩にタオルをかけている。慌てて柴田はそれを体の後ろに回した。逢坂の目が薄闇で光っている。自分がその時どんな表情をしていたのか分からなかったけれど、その時そこに立っている逢坂の目は圧倒的に余裕を欠いていた。自分に親切にしてくれた何も知らない優しいコンビニ店員でもなく、この部屋でその性欲を持て余すように柴田を抱いた若い男でもなく、それは柴田の知らない逢坂の表情だった。 「・・・しずか、お前・・・」 「人のモノ勝手に触るなんて、侑史くん酷いな」 「・・・ごめん・・・でも、しず、これ・・・」 「返して。それ、大事なものなの」 無理して笑った顔を作って、逢坂はあくまで無邪気にこちらに手を伸ばした。柴田はそれを反射的に逢坂に返そうと差し出しかけたが、はっとして腕を戻しぎゅっと胸の前で抱いた。目の前からすっとそれがなくなって、逢坂は無防備に驚いた顔をしている。 「侑史くん」 「悪い・・・返すのちょっと待って。まだ全部読んでない」 「何言ってんの?」 逢坂の眉間に皺が寄って声がきんと冷たく響く。そんな顔見たことがない、柴田はその視線から逃れたくて視線を外したくなるのを必死で我慢した。 「しず、お前、これお前が書いてたのか?ずっと・・・?」 「・・・侑史くん、ねぇ、返して」 「答えろよ、なんで、こんな」

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