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初めて二人で摂る食事
キャットフードが食べたいとねだるルナに
「良いけど……話はできるの?」
と聞いてみる。
違う世界から来た事は解ったけれど、もっと色々と聞きたいのに、話せなくなるのはもったいない気がして仕方がない。
「深海 が俺の事認識してくれたからお話できるよ!」
嬉しそうに俺の疑問に答えたルナは軽く頭を振ると、スルスルと小さくなって見慣れた美しい猫の姿に変わった。
「すげ!」
「へへっ」
得意そうに笑って足元に擦り寄って来たルナをいつものように抱き上げて、キッチンへ行く。
「まぐろと鶏のささ身、どっちが良い?」
「えと、“お野菜たっぷりささ身のとろみスープ仕立て”!」
「了解。てか一袋で足りるか?」
「足りるにゃ」
わざとなのか語尾に“にゃ”をつけたルナは俺の肩に顎を乗せてゴロゴロ言っている。
飼い猫と会話できるなんて、猫飼いの究極の夢を今叶えているんだと思うと俺も嬉しくてたまらない。
「あ。深海、喜んでる」
「解んの?」
「ん。胸がぽわーってあったかくなった」
パタパタと尻尾が揺れて、耳元で話すルナの声も弾んでいる。
「お前も楽しそう。そんなに飯が嬉しいか?」
からかうように聞くと
「深海が許してくれたから嬉しい。ご飯も嬉しい」
と猫らしく頬や額を擦りつけながら答えた。
抱き抱えながらも皿にとろみスープ仕立てを準備して、いつもの場所に置くとルナはゴロゴロ振動をピタリと止めた。
床にそっと降ろしてやると伺うように俺を見る。
「先に食べてて良いぞ?」
「待って、るぅ……」
ごくっと生唾を飲むルナの頭を撫でて、遠慮せずに先に食べてろ、と伝えて一番簡単にできる野菜炒めと目玉焼きとインスタントの味噌汁を大急ぎで作った。昨日の残りの飯はレンジで温めて、テーブルに運ぶと、ルナは目を閉じて天を仰いでいた。
「良い匂いがするんにゃ……」
鼻をピクピクさせて耳を寝かせている。必死に耐えている姿がいじらしい。
「先に食べろって言っただろ?」
手付かずのままの皿の側にトレイに載せた俺の晩飯を置いた。
「食べながら話すんなら近い方が良いかなって……」
行儀悪いけど、と付け足すとルナは勢い良く尻尾を振りかけて慌てて止めた。
「うわぁ! 毛が! ごめん」
「いや、気にしないよ? 猫好きだし。ルナが食べられるモンが解ればテーブルで一緒に食べられるからさ、あとで教えてよ」
いただきます、と手を合わせるとルナも皿に向かって
「ありがとう。いただきます」
と丁寧に頭を下げた。
「色々と聞きたい事があるんだよなぁ」
もやしとキャベツを一緒に口に放り込んで呟く。
「俺も。なんで泣いてたの? ボッチって何? 友達にイジメられてるの?」
そう言われて、自分が晒した醜態を思い出した。
「いや、違う……」
あまりの情けなさと恥ずかしさに、ついごまかそうとした。
「俺はちゃんと深海のホントが知りたい。でも……話したくない事なら聞かない」
言い切ると、また皿に向かって小さく尻尾を揺らしながら、とろみスープ仕立てに顔を突っ込んだ。
「美味いか?」
「美味しい!」
即答に笑ってしまう。
「いつもは何食べてんの?」
「深海が食べてるのと大して変わらないよ。お野菜煮たのとか、お魚焼いたのとか。果物とか」
なるほど。食生活はあまり心配いらないかも知れない。
「薄味でねぇ、紅蘭 が作ってくれるご飯はすごく美味しいよ」
薄味に慣れているからキャットフードが美味いと思うのだろうか。
猫の健康を考えてキャットフードは極薄味だと何かの番組で目にした記憶がある。
それに俺が買って帰った最高級キャットフードは無添加・無着色だ。合成香料や防腐剤、合成着色料等、身体に悪そうな物は一切使用していない。と書いてあったから買ったんだが。
結果的に猫になってでも食べたいと思ってくれる程に気に入ってくれたのなら良しとしよう。
「どんなトコ? 俺のイメージだと山奥で滝があって年中霧がかかってて超美人な女の人が綺麗な着物着て楽器弾いてるって感じなんどけど」
ルナは答えない。
食べ終わった皿に向かってまた頭を下げていた。
「ありがとう。いただきました」
それは小さな声だったけど、俺にもはっきりと聞こえた。
小さな子猫の姿なのに、醸し出される雰囲気はとてつもなく厳かで、思わず俺は箸を止めた。
顔を上げたルナは俺を見て目を細めると人の姿になって笑った。
「ごちそうさま、深海」
にっこりと笑うルナに見惚れて、箸を落とした。
そして気付く。
「ル、ルナ! 服着て!」
男同士で何を気にする事があるか、と思うかも知れないが、ルナは別だ。
白い肌に青味がかった黒い髪が胸元まで伸びて、猫の時と変わらない鈴のようなぱっちりした金眼で見つめられると胸の奥がざわついて仕方がなくなる。
「え? 服?」
ああ、アレ……と立ち上がったルナから慌てて目を逸らして黙々と野菜炒めをかき込んだ。
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