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抱きしめたい
不思議だね、とルナは俺の話を聞き終わって囁いた。
「そんなヒドい事されたのに、深海 には憎しみがない」
ゲームをしていた時と同じ体勢のままでルナは首を傾げた。
「友達を疑ってしまう自分を汚いと思う気持ちはあるのに、そうなる原因となった者を憎んでいない……人とはもっと脆く身勝手なモノかと思っていたが……深海は違うのか。それとも深海が違うのか……」
うーん……と唸るルナに慌てて
「俺はそんな……」
と口を挟んでしまう。
憎しみなんてない。ただ簡単に舞い上がった自分に呆れるだけ。
怒り狂って罵声を浴びせるより、ああそうなんだと諦める方が簡単なだけ。
「やっぱり深海は優しいんだね。ツラい話を聞いたのに深海の腕の中はとても居心地が良いよ」
体重を預けてきたルナの声は綺麗な歌のように俺の耳を抜けていった。
優しい、なんて思った事はない。
逃げ癖がついているだけだ。
それでもルナに居心地が良いと言われるのはどうしようもなく嬉しかった。
「だ、抱きしめたら、怒る……?」
せっかく居心地が良いと言ってくれているのだから機嫌を損ねてはたまらないと、思い切って聞いてみるとルナは肩を揺らして笑った。
「ふふっいつも抱き上げてあちこち歩いてるのに? 今更?」
「あ」
「お風呂にも入れてくれたのに?」
「あぁ……」
ごめん……と呟く声は聞こえただろうか?
「だって知らなかったし……」
ごにょごにょと言い訳をする。
「さっきも抱き上げてくれたよ?」
柔らかい声の後、ルナの手が俺の手首を掴んだ。
「ごめん!」
「深海が嬉しいなら、いくらでもどうぞ!」
交差するように手を導かれ、素直にルナの言葉に甘えた。
華奢な身体から伝わる体温と微かな鼓動が心に空いた穴を埋めていく気がする。
じんわりと胸の奥が温かくなってきた気がした。
これは神通力ってヤツだろうかと思いつつルナの首元に顔を埋めて、抱く腕に少しだけ力を込めた。
「苦しくない?」
「うん。平気。心地良い」
とくん。
とくん。
頰に感じるルナの拍動。
ゆっくりと目を閉じて腕の中の温もりだけに集中すると頭の中に白い世界が浮かんだ。
音もない白い世界に虫喰いのような黒い点が見える。
あれ、何だろ?
「大丈夫」
脳に直接響く声に意味も解らず頷くと黒い虫喰い穴の縁が光って穴が少し小さくなったような気がした。
「ルナ、俺寂しい……寂しかったみたい……ずっと……」
「……埋めてあげる」
ルナの声に目を開けた。
え? 俺、声に出して言った?
寂しい、なんて……恥ずかしい事を?
パニックであたおたする俺の腕の中で身をよじったルナがにこりと微笑んだ。
金眼の美しさに息を飲んだ。
「遠慮なく思う存分抱くが良い!」
高らかな宣言の後、ルナは子猫の姿になり、ガシッと肩にしがみついた。
「うわっ」
爪を立てないせいで滑り落ちそうになるルナの身体を慌てて抱きとめた。
のんきにゴロゴロと喉を鳴らすルナは尻尾を振り振りして、ご機嫌である! と教えてくれている。
「深海、あとでこぉひぃが飲んでみたい」
耳元をくすぐるルナの声と息にまた顔面が熱くなるのを感じつつ、俺の指など簡単に隠してしまうふかふかの毛を撫でる。
「明日な。あれは飲むと眠れなくなるから」
「そうなの!?」
「だから明日、な?」
「解った」
「げえむは?」
「楽しかった?」
「ん。深海が魔術師みたいですごい! 俺が触ってもくるくるするだけなのに、深海が触ると次々と消えていく! あれは本当にすごい!」
尻尾でぱしぱしと俺の胸を叩いて興奮気味に話すルナ。
コツを掴めば簡単にルナでもステージを進められると思うんだけど、こんなに手放しですごいすごいと言われるのは照れ臭い。し、初めてかも知れない。
胸がムズムズする。
「ルナってすげぇな」
俺、胸の奥があったかくて、今は寂しいなんて思わないよ。
ルナは俺が助けてくれたって言うけど、逆だろ。
俺の泣き言に真っ直ぐに応えてくれて、きっと本当は普通の人間が触れるのもおこがましい存在のはずなのに抱きしめる事を許してくれて、わざと猫の姿になってくれた。
俺がすがりやすいように。
気遣いってヤツ?
相手を不快にさせないようについ笑顔をはっつけてしまう俺とは違う本当の優しさ。
「ルナありがとう」
「にーっ!」
相変わらず喉を鳴らすルナの額を人差し指で撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じて、うつらうつらとし始めた。
「うにゃ……やはり深海の人差し指には何か力がある……すぅー……」
……いや、ルナ、今猫だから。子猫だから。おデコすりすりされたらすぐ寝ちゃうから。“良く寝る子”で猫だから!
笑いをこらえて更に額を撫でてやると、耳がピクピクと小刻みに動いた。
ゴロゴロ振動が続く中、ルナの寝言に頰がだらしなく緩んだ。
「すぅー……みぃみ……うにゃ……赤いの消してぇ……すぴー」
明日は赤いブロックばっかり消してやるよ。
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