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永遠に二人は寄り添って

俺が(さと)に来てもう二週間が経つ。 帝宅(ていたく)を改装して休憩所にする案はみんなが賛成してくれたようで、既に大工仕事を得意とする男性達が集まって、図面の作製を始めているという。 帝宅に詳しい雪江さんが休憩所の責任者・女将になる。 俺の中に引っかかっていた帝が最期を迎えたあの広間は、麒麟(キリン)が降りた神聖な場所という認識の方が強くて、内装を少し変えるだけでそのまま活かす事になりそうだと朱雀が言っていた。 ルナからの注文は廃材などを最大限再利用して新たに伐採する木をできる限り少なくなるようにして欲しいという事だけだった。 「深海(みうみ)、行こう?」 昼ご飯の後は散歩に出る。 森の中を歩いて、木や水に何か異変がないかを確認しながら、たまに俺が見つけた珍しい果物を教えてもらう。 「ルナ、あれは何?」 赤紫の小さな茄子のような形の果物を指差すとアケビだと教えてもらった。 「食べた事ない?」 「ない。食べられるの?」 「うん。甘くて美味しいよ! ちょっと待ってて」 そう言うとルナはアケビの木に駆け寄って話しかけ始めた。 「こんにちは。あのね、俺の伴侶殿がアケビの実を食べた事がないんだって。もし良かったら一つ分けてくれないかなぁ?……うん、種は遠くに蒔くよ。ホント? ありがと」 風もないのに枝が揺れて、ぽとりとルナの掌に立派なアケビの実が落ちる。 ルナは木の幹を撫でて 「一番食べ頃のだ! ありがと。いただきます!」 と言って俺を呼ぶ。 俺も木の幹に掌を当ててありがとうといただきますを伝えると、幹の奥から微かな振動と共に声が聞こえた。 「伴侶殿に召し上がっていただけて光栄です」 麒麟が去った後、ルナには負けるけど、俺も念の強い動植物の声を聞く能力を手にした。 長い時間一つ場所に留まり続け、多くの事を見てきた大木から話を聞くのは、知らないお伽話を聞くようでとても楽しい。 食べ方を教わって、手を繋いで森を歩く。 初めて食べたアケビはぷにぷにのゼリーのようでとろりと甘い。ルナと半分コにして美味しくいただいた。 ただ、種の多さには困った。 「あ! あの陽が射してるトコに種を蒔こ!」 「この辺?」 満遍なく広がるように種を蒔いてから、森を抜けて花畑の中を進む。 花畑の手入れをしている郷の人が 「和子様、伴侶様〜お散歩ですか〜?」 と手を振りながら朗らかに声をかけてくる。 ルナも手を振り返して、そうだよ〜と答える。 「喉は渇いてないですか? お茶は? お腹は減ってませんか? 今日は多めに団子を持って来たんです」 「ありがと。でもね、さっき森でアケビを食べたばかりだよ。だから大丈夫。ところで何か変わった事はない? 土が痩せたとか」 「ないですよ、和子様。ほら、見てください。そろそろこの蕾も咲くでしょう」 「良かった。綺麗に咲くと良いね」 「咲いたらまた見に来てくださいな」 「是非!」 郷の人は皆知っている。 ルナの散歩がただの散歩じゃないって事を。 ルナは昔から郷をあちこち歩いて、そこで出会う人と世間話をしながら郷を見ているそうだ。 「口頭や書面じゃ解らないよ……」 というルナの信念。 それをルナは郷の代表になってからも全く変えずにいる。 ただ一つ変わったのは、隣に俺がいるという事。 片時も離れず、常に手を繋いで歩く俺達を郷の人達は温かく見守ってくれている。 「次はどこへ行こうか?」 「んー……深海はどこへ行きたい?」 陽を受けてより輝きを増した黄金の瞳が愛おしい。 スッと距離を詰めて目尻に唇を落とすと、その目が照れ臭そうに揺れる。 「和子様〜伴侶様〜!」 「なーあーにー!?」 遠くで手を振る郷の人に手を振り返して、行ってみよ! とルナが手を引いて歩き出す。 柔らかな風が吹き抜けて、郷の外れにまで微かに瑠璃の桜の匂いが漂う。 「早いよ、ルナ」 「深海は遅いよ! 早く歩いて?」 振り返って笑うルナの笑顔につられて俺も笑って、絡めた指をくいっと引いた。 「深海?」 何? と足を止めたルナは何も言わない俺を小首を傾げて見つめている。 仕草も表情も可愛くてたまらない。つい頬が緩むのが止められない。 「行こ! ルナ」 「あわわっ待ってよ!」 急に歩き出した俺に真っ直ぐ向けられるキラッキラの金眼。 俺はこの眼に囚われて、郷に来た。 後悔は微塵もない。 その金眼()に映る美しい景色を俺も見ていたい。 「和子様〜! 伴侶様〜!」 「今、行きまーす!」 今日も明日も明後日も。 俺達は繋いだこの手を離す事はない。 二人の御魂が離れる事は決してない。

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