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第6話

学校や習い事が嫌いだった。  小学校、中学校、ピアノ教室、スイミングスクール、塾。  人間を四角四面に押し込んで見栄えばかりの統制を強いる場所。自分の好きなものを好きだと大声で叫ぶことが出来ない場所。そしてそれに異を唱えることが決して許されない場所。  学校と名の付く施設に入って9年間、梓はその空間に押しつぶされてしまいそうだと、ずっと思っていた。それを笑顔という仮面で押し殺して順応しようとする自分にも、吐き気がした。  男が好きだとは言えなかった。言えるはずもなかった。周りの同級生は皆『好きな子』の話をするとき、異性に目を輝かせていたから。だから自分の頭が狂っているのだと思って、必死に隠そうとした。  嫌気がさしたのは中学3年の春。進路希望の話が出た頃のことだった。  なじみの連中とこの先もずっと仮面を被り続けて生きていくのかと思ったら、ある日突然今まで我慢して押し殺していたはずの感情がぐわ、とせり上がってきた。  どれだけ笑顔を張り付けても、どれだけ女子生徒の身体を視線で撫でまわしても、少しも反応しなかった自分がこれから先変わるとは思えない。同性の背中や下着姿だけでこんなに動悸がするのに。  自分自身を主張しなくてもいい。でもせめて、自分が『自分』ではないと否定するのだけは、どうか。  だから高校は自宅から少し遠い進学校を選んだ。ひたすらに勉強をして、居場所を再構築しようと必死に。  高校に入って、やっと自分を閉じることが出来たと思った。でもそれは違った。  自分の存在価値を認めてくれる友人と出会って、今までにない多幸感で満たされることが出来た。自分の好きなものをやっと、心から好きだと言える。他の皆が出来ることを、どうして自分はしてはいけなかったのだろう。ああ、でも、やっと。  この浮かれた気分を手放したくなくて、まだ夢を見ていたくて、梓はあの時目を瞑った。

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