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第10話
菱の妹の双子は由奈、留奈というらしい。写真を見る限り今時の若い子―どちらかというとクラスでも人気がありそうな溌溂として可愛らしい子達だった―で、髪が長く前髪を横に流しているからか大人っぽく見えた。高校生かと聞くくらいには。
毎日菱の私服を見ているため予想は出来ていたことだが、やはり妹二人もかなりおしゃれさんのようだ。身に着けるもののセンスが良い。さりげないアクセサリーも光るあたり、菱の実家は裕福な家庭なのかもしれない。
ともかく、双子の写真を見るなり上がったプレゼント選びのハードルを余裕でくぐらないようにしなくては。梓は一人こっそりと覚悟を決めた。
もともと4限目終わりの梓を気遣って余裕をもった集合時間ではあったが―こういうところの気配りも菱は上手だ―、集合が早まったおかげでショッピングモールのありとあらゆるお店を回ることが出来た。
女子に人気なプチプラ雑貨店やコスメショップ、ふわふわとした部屋着のそろったショップやアクセサリー店。新しい店に足を踏み入れるたび、菱がそわそわと落ち着かないように梓の後をぴったりくっついて歩くのが可愛かった。
何点か候補を記憶したところでふと時計を確認すると、そろそろ夕食の頃合いに差し掛かっていた。
「もうこんな時間か」
「お腹空いたね、どこか入ろうか」
「だな。とりあえず腹ごしらえ」
一応まだショッピングの途中なので、ショッピングモール内のカフェに落ち着く。パスタとドリンク、サラダ、プチデザートの付いたセットを各々頼み、一息ついた。
「ふー、結構歩いたなー」
冷たいウーロン茶で喉を潤す。意外とぐるぐる歩き回っていたからか、冷たい液体が喉をすーっと通っていくと疲労が溶けていくようで気持ちがいい。
ひと息つくと、梓はさっそくスマートフォンで情報収集を再開する。
「無難にペンケースとか文房具っていうんじゃ芸が無いしなあ。かといって化粧品系だと本人の肌質とか似合う色ってのがあるってネットには書いてあるし……あ、ていうか中学生に率先して化粧させちゃだめか」
うんうん唸りながらスマートフォンの画面と格闘していると、こちらもひと息ついた菱がなぜか不安げに梓を見つめてきた。
「ん?なんか良いのあった?」
「いや……たかが妹へのプレゼントなのに、って思って」
聞いた瞬間不自然に身体が硬直した。まるで瞬間冷却装置に突っ込まれたかのように。咄嗟に菱を見ていた視線をテーブルへ下げる。こういう時、どこをみればいいんだろう。分らないからうろうろと視線を巡らせる他ない。
お節介だっただろうか。
梓一人ばかりが張り切って、菱は本当は飲みの席での話のタネにでもなれば、くらいの気持ちだったのだろうか。
気付いてしまうと、今まで入念に準備してきたことが全て恥ずかしく思えてきた。梓は一瞬で火照った顔を隠すように俯く。
「ご、ごめん」
「え?」
「おれ一人空回って、付き合わせて」
恥ずかしい。穴があったら入りたい。どうにか謝罪だけ述べてスマートフォンの検索画面を閉じる。
すると、菱は焦ったように言葉を被せてきた。
「ち、違う違う、そういう意味じゃなくて!」
「いや、いいよ、いいからフォローは」
ご飯食べて早く帰ろう、と言いたかったのに言えなかった。
テーブルの上でスマートフォンを握りしめる梓の手に、心地よい体温の手のひらが重なったからだ。
「違うから! 俺の話聞いて」
ごくり、と生唾を飲み込む。さっきより余程真っ赤に火照った顔で恐る恐る菱の顔を見返すと、真摯な瞳と視線がかち合って、ぶんぶんと縦に首を振ることしか出来ない。
少しだけ安堵したような顔で菱が続ける。
「申し訳ないなと思って。たかが友達の妹のプレゼントなのに、こんなに真剣になってくれて……色々調べるのも大変だったでしょ?」
「そんな、全然、別に」
うまく喋れない。今までどうやって日本語をはなしていたんだろう、忘れてしまったみたいだ。
菱がいつものように仕方なさそうに笑う。まるでサプライズしそこねた子供を温かく受け止めるように。
「迷惑かけてるかなと思ったんだ。だから申し訳ないなって。でも、そうか、俺は言葉を間違えたね。一緒に真剣に選んでくれて、ありがとう」
照れくさそうに笑う菱に、心臓のあたりがぎゅ、と強く握りつぶされるようだった。
恥ずかしいな、と言って離れていく手のひらが切ない。
(ずるすぎる)
もう降参する。
惚れた方が負けならば、もう負けで良い。
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