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第11話

その後、無事双子にプレゼントは手渡されたらしく、講義の最中こっそりと満面の笑みの妹たちを収めた写真を見せてもらった。結局二人で選んだのはこれからのシーズンでも使えそうなふわふわしたタオル地のルームウェアだった。写真の中の双子は色違いのそれを身にまとって、仲がよさそうに頬を寄せ合っていた。 ――梓が一緒に考えてくれたからだね。  一緒にスマートフォンの画面を覗き込んでいたから、その笑顔という名の凶器を至近距離で食らう羽目になったわけだが、一命はとりとめたのでとりあえず置いておく。  兎にも角にも、梓と菱のプレゼント計画は大成功に終わったのだった。たったひとつ、梓の中に種を残して。  今日は菱のいないシフトである。好きな顔を見られないという点において、かなり残念な勤務であることは間違いないのだが、どうにも複雑な心境でがっかりすれば良いのか、ひと息つけば良いのか分からない。  あの日、菱が素直に感情を吐露してくれて―その上事故のようなものかもしれないが手を握ってくれて―、こんなに嬉しいことはないと思った。だけど純粋に舞い上がる気持ちと共に、ずっと見ないようにしてきた本心がむき出しになって表れてしまった。  菱のことが好きだ。  いつも優しく微笑んで梓を気遣ってくれる、嘘がつけなくて真面目でまっすぐな――友達なのに。 会うたびに気持ちが濃く大きくなっていくような気がする。それが少し怖い。  スマートフォンが小さく震えると、心臓が小さく跳ねあがる。講義の間、微かに触れる互いの肩がくすぐったい。そのうち熱をもってひりひりと焼け付くように感じる。  そんな日々のひとつひとつを意識しまくっている自分に、舞い上がり過ぎるなと歯止めをかけようとする自分もいる。でも、脊髄反射のようなその感覚は、理性で押しとどめられるものではない。  梓はそれを、幸か不幸か知っている。  ふ、と息をつく。好きだから少しでも一緒に居たい。でも好きだからこそ一緒にいるのが怖い。会えないのが寂しい。こんな気持ちのままで会いたくない。心がぐちゃぐちゃでどうしようもない。 「おい」  突然かけられた声に飛び上がる。声のした方向を素早く見ると、不機嫌そうな男性がこちらを睨んでいた。 「ぼーっとしてんならカトラリー磨いとけ」 「は、はいっ」  即座に返事をして食器用布巾を手に取る。去っていく男性の背中を見て、ようやく止めていた息を吐きだした。  ランチ営業とディナー営業の間の休憩、いわゆるシエスタと呼ばれるそれを挟んで、ホールスタッフのシフトは二分する。梓と菱はディナー営業のシフトがメインだが、土日のランチにも顔を出している。稼ぎたい土日は大抵、ランチとディナー両方のシフトを入れて貰っている。  ランチ営業とディナー営業のホールスタッフの顔触れは違う。それぞれにシフトリーダーのような役割の人がいて、その他数名のアルバイトで賄われることが多い。ディナー営業は主に坂本がシフトリーダーとして梓たちを束ねてくれている。  その坂本が数か月の間、シフトを減らすことになった。  聞くところによると、坂本はアルバイトをいくつか掛け持ちしているらしい。ディナー営業のみのシフトも、別のアルバイトを昼間行っているからだと語っていた。 更に、社会人有志によるエンターテイメントイベントを不定期で開催しているのだそうだ。以前からこうしてイベントの準備期間になると、夜のシフトを減らして社会人同士で集まり、稽古を重ねている、これが結構体力的にきついかも、と坂本は笑って話していた。  ともかく、そうして週のうち平日2日ほどシフトリーダーを失ったディナー営業には一抹の不安があったのだが、それがどうやら大当たりした。  土日のランチ営業で顔を合わせるランチシフトリーダーの桐原 史也(きりはら ふみや)が穴を埋めることになったのである。  黒髪ではあれど、基本的には無表情で不愛想。仕事はものすごく出来るのだが、それだけに容赦なく厳しい面もある。纏っているオーラに緊張感があるだけに、びびり癖を自覚する梓はこの男が非常に怖い。指示がとんでくると毎回縮み上がっている。自分以外とは少なからず会話は成立しているように思えるのだが、どうにも緊張感で上手く話せない。  カシャン、と磨いたカトラリーを籠に戻していく。平日の、しかも暇な夜は特に時間が過ぎるのが遅い。 「おい」 「ひえ! はいっ」  再び声を掛けられ、びくりとして変な声が出た。とんでもないことをしでかしてしまったかのように口元を手で覆うと、史也の眉間にぐっと不機嫌な皺が寄る。 (やばいやばいやばいやばい)  背筋にすっと冷や汗が流れる。しばらく梓を不可解そうに見ていた史也は、鼻息で軽く梓を蹴散らして言う。 「3番。料理多いから俺の後追って持ってきて」 「ひ……あ、はい!」  慌てて手に持っていた布巾をカトラリーに被せて後を追う。  通常のシフトに戻るまで、どのくらい寿命が縮まるのか。考えたくもない。

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