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第13話

三人連れ立って向かったのは池袋にある【Happiness】だった。以前フリアと三人で訪れた店である。梓は今回を含めて3回程度の来店でしかなかったのだが、梨音とフリアは以前から馴染みの店だったらしい。  梨音が梓だけでなく菱を誘ったのは予想外だったし、何より不安が先立った。  梨音のことを信用していないわけではない。でも何かの拍子で、会話の流れで、不自然さで。どこかで自分たちがゲイであることが、同じ男しか愛せないことが菱にばれてしまうのではないかと気が気ではなかった。  菱のことは好きだ。出来ればこの先も隣に居たい。――それがどんな形でも。恋人だって友達だっていい。梓に笑いかけてくれるなら、どんな関係性だって構わない。  今はまだ、そう思っている。  だから、こんな初手で要らぬ壁を築かれるのはご免だ。そんなリスクは極力避けたい。  しかし、梓が余計な危惧を抱いたのも束の間、三人での食事会は驚くほど平穏に過ぎた。本当に梨音は梓が毎度毎度会うたびに褒めるこの男の顔を見たかっただけなのかもしれない。いや、梨音のことだから他にも色々と―主に菱を値踏みする意味合いで―話を聞きだしたかったのかもしれないが。  ともかく、菱と梨音の二人は今日を境に、晴れて梓の共通の友人となったのである。  終わってみると気苦労はあったものの、ものすごく楽しい時間だったかもしれない。外に出ると雨はやんでいて、小さな水たまりがそこかしこの窪みに溜まっていた。小さく安堵のため息をつきながら雨雲の晴れた空を見上げていると、そっと近寄った梨音が耳元で小さくつぶやいた。 「今日大学に久木が来てた」  どくん、と心臓が嫌な感じに跳ね上がった。そのままど、ど、と脈打つ。振り返ると、先ほどまでにこにこと可愛らしい笑顔を浮かべていた顔が、少しの緊張を孕んで強張っていた。 「どう、して」  すぐには頭が整理出来ない。いくつも疑問が浮かんでくる。どうして今更その名前が。一体何のために来たのか。どんな様子だった。あの少しやんちゃそうな、八重歯の光るニヤついた顔で、もしかして、今度は――。 「梓を探してた」  ひゅっと息を呑んで、思わず両手で腕を抱いた。気のせいではなく、体が縮み上がるほど凍えたからだ。鈍色に光るアスファルトに視線を落として硬直する。 「なんで、いまさら」 「本当に偶然見つけた。派手な柄のシャツ着てたから目がいって、よく見たら久木だった」  どうして、何をしにここへ来たのか。梨音は詰め寄って、久木は梓を探しているのだと言ったという。梨音がはぐらかすと舌打ちをして去っていったそうだ。  悪寒を感じる身体を、梨音が優しく撫でた。そのまま手を滑らせて梓の両腕をほどき、強く両掌を握ってくれる。 「効いたかどうかわからないけど、一応牽制はしておいた。でも、あんなことしておいて、それなのにのうのうと梓のことを探しに来たやつだ。これから身辺に気を付けて」  出来る限り一人で行動しないこと。  何か身の回りで変わったことがあったら、逐一梨音とフリアに報告すること。  梨音は真摯な瞳で梓を覗き込んで、必ず守るように念を押した。 「フリアにも伝えてあるし、もういくつか手も打ってる。あの時みたいにさせない、絶対」  じんわりと梨音の熱が伝わって、どうにかこくりとひとつ頷いた。  会計を終えて地上に出てきた菱に、梓の手を離した梨音はにっこりとほほ笑んだ。そして帰途、菱にとんでもないことを吹き込んで、更にとんでもない約束をさせたのである。

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