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第15話

あまりにも衝撃が大きすぎて、声が出せない。足からふっと力が抜けて、梓はその場に尻餅をついた。 「今の音なんだ」  緊張感を孕んだ史也の声が近づいてくる。キッチンの方からも何人かこちらに歩いてくる足音がする。音は聞こえている。周りの音も、自分の異常な心拍も。それなのに、梓はどうすることも出来ず、窓を凝視して呆然とすることしか出来ない。 「おい、鈴木?」  ぐっと強い力で肩を掴まる。刹那、梓はそれを全力で振り払っていた。  反動でよろけて近くの椅子に肩と頭をぶつける。息を荒くして史也を見ると、驚いて目を丸くする史也の表情が見えた。 「あ……」  縋るように椅子の脚にしがみついていた力が、徐々に抜けていく。少しずつ頭が事態に追い付いてきた。 「ご、ごめん、なさ」  掠れた小さい声をどうにか絞り出して謝る。足元に散らばるガラスの破片を見て、梓はようやく何かが窓ガラスを割って店内に投げ込まれたことを思い出した。  辺りを見回すと、パーテーションの壁についた窪みと、それを作ったであろう拳大の丸いものが落ちている。恐る恐る手に取ってみると、外側は紙のようなもので包まれている。中に入っているのは石のようだ。  ゆっくりと石から紙を剥ぐ。内側に何か文字のようなものが書いてあるのを見つけた。  広げて石を取り除く。ずしりとした重みを右手に感じたのは一瞬。恐怖で強張った手から、石は簡単に滑り落ちていった。 【鈴木梓を辞めさせろ さもなければ犠牲者が出る】  荒っぽく乱雑に書かれた、走り書きのような文字には見覚えがあった。文末の一文字が大きくなる癖。妙に不自然な漢字のバランス。 ――派手な柄のシャツ着てたから目がいって  梨音の言葉が思い出された瞬間、ぞっとするような悪寒が背筋を走った。思わず手にしていた紙を投げるように捨て、後ずさりをして距離を取る。梓の手から離れた紙は史也の足元に流れた。  史也は紙を拾いしばらく文章に目を通したかと思うと、ぐしゃりと握りつぶしてポケットに突っ込んでしまう。そして身を縮める梓の傍で膝をついた。 「立てるか」  掛けられた声は、普段とは違い存外優しい声だった。 まだ体のこわばりが取れず、ぎくしゃくとした動きで梓がゆっくりと頷く。立ち上がろうと膝を立ててみるが上手く力が入らず、ずるりと滑ってしまう。衝撃と恐怖で完全に腰が抜けている。なけなしの力を使って、床を手のひらで押してみるが効果はない。 すると、見かねた史也がふ、と息をついた。 「悪い、触るぞ」  一言そう呟いて、梓の手が取られる。腕を回され肩を組むようにされた後、反対の脇に滑り込ませた手で、ぐっと持ち上げられる。  なかば強引に立たせられた梓の脚はまだ完全に力が入らず、よろけそうになる。それでも史也の支えがあって、ようやく少しずつ歩くことが出来た。  数名のスタッフの合間を縫って歩くと、キッチン脇にあるバックルームへ続く扉から一人のスタッフが出てきた。 「海」  史也が名前を呼ぶ。黒いくしゃっとしたショートヘアの男性は心得たようにこくりと頷くと、箒とちりとり、そして何か新聞紙などが入った紙袋を両手に、フロアへと走っていった。 「とりあえず危ないんで、床のガラスは箒で集めて、細かいのは掃除機で。窓はひとまず新聞紙とガムテで穴塞いじゃいましょう」  そういうと次々に他のスタッフへと用具を手渡す。各々が作業に取り掛かり始めたところで、海と呼ばれた男性は梓たちの後を追ってきた。 「鈴木くん、怪我はない? 頭には当たってないかな」  梓より少し低めの身長らしい。下から覗き込むように見上げた瞳には、梓を安心さようとするような落ち着きと優しさが滲んでいた。 「ない、です」 「石は当たってねえ。けど、さっき客席に頭強打してたぞこいつ」  梓の答えに被せるように史也が応答する。一瞬、海の視線が泳いで史也と梓を交互に見た後、梓に向かって目尻を和らげ、痛かったねと頭を撫でてくれた。  バックルームの廊下を進み更衣室兼休憩室の扉を開け、入る。部屋の奥にある三人掛けソファに梓を座らせると、史也は一度休憩室を退室した。その間に海は自分のロッカーから大判のブランケットを取り出すと、梓の背中を包むように掛ける。両肩を優しく撫でる海の手のひらが温かくて、梓はそこでやっと体のこわばりをゆっくり解くことが出来た。

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