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2016年3月12日(土) お題「初めての○○」
人間は自分と違うものを異端だと感じて排除しようとする。この世には暗黙の了解で定められた掟があるのだ。
女の子にはピンク。
男の子にはブルー。
女の子にはスカート。
男の子にはズボン。
女の子は男の子に恋をして、男の子は女の子に恋をする。
誰も疑う事なくそれらに倣う。
その輪から外れてしまったら最後、あっという間にひとりぼっちだ。違和感を覚えながらも俺にはそこから離れる事など出来ずに「男らしい振る舞い」をする仮面をつける術を身に付けた。そうする事が正しいと必死に言い聞かせ続けながら。
「なぁ、あいつ知ってるか?」
学食で友人たちと昼食を取っていると一人悠然と歩く人物を指こそささないが、見てみろと促される。細身の綺麗な女がいた。
「あれ、男らしいよ」
「え?」
「意味わかんねぇよな」
友人たちは各々が聞いた噂話を嬉々として話始める。
「なまじ顔がいいから、騙されるやつも多いみたいでさ」
「詐欺だよな。ヤろうとしたらアレついてるとか萎えるどころの騒ぎじゃねぇだろ」
確かにその人物の立ち居振る舞いから受ける印象は紛れもなく女だ。可愛らしい服を着て、肩より少し長い髪は毛先がゆるく巻かれていてふわりと揺れる。
「女装、ってやつ?」
何も知らなかった俺は友人に尋ねた。友人は意地悪そうな表情で「ホモだよ」と小さく呟く。
「ほら、男のまんまじゃいくら綺麗でも誰も寄って来ないから、女のフリしてんだろ」
タチが悪いと下品に笑う友人に苛立ちを感じても俺は黙る事しか出来なかった。反論してしまったら、友人たちはきっと俺から離れていく。ひとりぼっちになるのが怖くて仕方がなかった。
彼は――彼女は怖くないのだろうか。
一度気になったらどうしても確かめたくなって自然と彼女を探すようになっていた。ある日、一人きりでいる彼女に話しかける事が出来た。突然の事に驚いてはいたものの、俺が格好について触れると不機嫌に、けれど堂々と背筋を伸ばして言い放つ。
「自分に嘘をつき続けて生きるなんて真っ平御免よ」
凛とした姿に俺は今まで誰にも言えなかった言葉を初めて口にした。
「……俺、は…男が好きなんだ」
「そう。それで?」
「おかしいだろ。普通は同性に欲情なんて…」
「ふぅん。ならあなたから見た私もおかしな人種になるわね」
「それ、は…」
違う。そんな事は欠片も思っていない。ろくに知りもしない彼女に聞きたかったのは。
「……ひとりぼっちは、怖いじゃないか」
非難されるとわかっているのに、何故そんなに真っ直ぐでいられるのか俺にはわからない。
彼女は呆れたような声で鞄を漁りながら答える。
「怖くないと言ったら嘘になるけど…偽りはあなたの心をゆっくりと確実に壊していくのよ。この世は決して優しくはないけれど、悪いものでもないわ」
少なくとも私はあなたをおかしいとは思わない、と差し出された可愛らしいハンカチは仮面の下でずっと流れていた涙に初めて気付いてくれた。
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