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第6話 ふたりの夢

 行きずりの日本のサラリーマンである雄吾(ゆうご)は、ケニアの社会事情や冬馬の決意を知るよしもない。しかし、冬馬(とうま)の気色ばんだ様子を見、雄吾は真摯に謝った。 「茶化すようなことを言って、ごめん。人のセクシュアリティを軽々しく(いじ)るなんて無礼なことをして、本当に悪かった」  暫し二人の間には重苦しい沈黙が流れた。冬馬の内面はまだ落ち着いてはいなかったが、恩人の雄吾にずっと申し訳なさそうな顔をさせているのは良くない。 「……話題を変えても良いですか?」  冬馬が切り出すと、雄吾はホッとした表情を浮かべて頷いた。 「雄吾さんのお部屋には、たくさん本がありますね。エネルギー業界とか、プラント建設に関連するお仕事をしてるんですか?」  一瞬ためらった後、雄吾は再び頷いた。 「うん。俺、商社で、エネルギー会社からプラント建設を請け負う仕事してる。幾つか現場も経験したよ」  雄吾の最後の言葉に、冬馬は食いついた。 「そうなんですか! ちなみに、どこの現場でした? もし差し支えなければ聞いても良いですか? ……僕、ケニアの大学で工学を勉強してて、将来エネルギー業界で働きたいんです」  冬馬が前のめりになったからか、雄吾の表情は和らいだ。 「俺がいたのは、ブラジルとカタール。どっちも数年がかりの工事だったよ」  一言も聞き漏らすまいと、冬馬は真剣な顔で頷いた。 「雄吾さんは商社マンだから、資金調達とか、プロジェクト全体のマネジメントが主な役目になりますか?」  具体的な質問を投げかけると、雄吾が感心したように眉を上げた。 「そうだよ。知ってると思うけど、プラント建設には巨額の資金がいる。カントリーリスクの高い国もある。資金調達手段から考えて投資家を募って、案件組成するのが俺たちの一番の仕事かな」  スマートな立ち振る舞いと語学力から、雄吾は商社マンだろうと予想はしていたが、既に複数の現場を経験済みとは。冬馬の口から溜め息が漏れた。 「すごいなぁ……。雄吾さんて、三十代前半ですよね? もう複数の現場を経験してるなんて。それに、どちらもかなり大規模なプロジェクトじゃないですか」  雄吾は照れ笑いを浮かべた。 「運が良かっただけだよ。プラント建設現場って、過酷なんだぜ? だいたい気候が厳しくてド田舎で、何の娯楽もないしね。食べ物の制約も多いし」  冬馬は憧れの眼差しで雄吾を見つめた。 「雄吾さんはチャンスがあれば、また現場に行きますか?」  冬馬が問い掛けると、雄吾はにっこり笑った。 「もちろん」 「過酷でも?」  雄吾のやりがいを聞いてみたくて、冬馬は敢えて質問した。 「プラントってフルオーダーメイドなんだ。地形も気候も、扱う資源の質も量も違うからね。何年もかけて、世界に一つしかないものを作り上げる。そして一回作ったら何十年とその国や土地の経済に貢献する。俺にとって、こんな面白い仕事は無いよ。  しかも、色んな国や会社から集まったメンツが、共通のゴールを目指す仲間として数年間一緒にいるだろ? 『現場(ばつ)』って言葉があるくらいだよ。同じ釜の飯を食って一緒に苦労した仲間は、所属してる会社の名前に関係なく信用できる。現場仲間の絆の強さを象徴してるんだ」  快活で自信に満ちた笑顔は、同性から見ても魅力的だった。彼が自分の仕事に誇りを持っていることが伝わってくる。冬馬が彼から受けた第一印象は、ルックスに恵まれた優男(やさおとこ)でしかなかった。黙っていれば少し冷たくすら見える整った顔立ちと、すらりとした長身が、やや軟派に思えたからだ。  しかし彼は、冬馬が憧れるエネルギー業界で複数の大規模プロジェクトを渡り歩き、経験を積み重ねている。仕事のやりがいを語る彼の横顔は頼もしかった。 (雄吾さんって、カッコ良いなぁ……) 「冬馬君は? なんでエネルギー業界の仕事をしたいと思ったの?」  ぽおっと彼の横顔を見つめていた冬馬は、質問されて、ハッと我に返った。 「僕、アフリカが好きなんです。経済発展にはエネルギーが欠かせないけど、近年は無理な開発で環境破壊も進んでいます。だから、サステナブルなエネルギー開発について学んで故郷の役に立ちたいんです」  急に話を振られたので、頭の中をそのまま喋ってしまった。実務経験豊富な雄吾にとって、青臭い夢物語なのではないか。上目遣いでおずおずと雄吾の表情を窺うと、彼は優しい笑顔を浮かべていた。 「偉いなぁ。何がやりたいかだけじゃなくて、動機も、実現したいビジョンも明確だ。 ……そこまで具体的に描けてる夢は、きっと叶うよ」  自分の夢を具体的に誰かに語ったのは初めてだった。憧れの先輩に認めてもらえた嬉しさと興奮で、少し頬と目頭が熱くなった。  再び手元のコップを覗いていた雄吾がふと顔を上げて冬馬を見た。彼は息を呑み頬を赤らめ、目を逸らした。 「雄吾さん、どうかしました? 僕、変な顔してましたか?」  雄吾は慌てたように手の中でくしゃりと紙コップを握りつぶした。 「いや、何でもないよ。この後だけどさ、東京のナイトライフを楽しもうぜ。銀座みたいな堅苦しいとこじゃなくて、もっと自由な雰囲気の街で」  冬馬も若者だから、夜遊びに興味はある。昨夜の銀座での苦い思い出から、少し不安はあるが、雄吾の言葉を信じて付いて行くことにした。

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