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第14話 最初で最後の夜(前編)

「う……んっ……」  柔らかい唇の端を舌先で(つつ)かれて、冬馬(とうま)は吐息交じりの甘い声をあげた。快感に唇が(ゆる)んだのを見逃さない雄吾(ゆうご)の舌先が、冬馬の口内に入り込んできた。雄吾の舌は熱く濡れていて、生き物のように冬馬の口内を蹂躙(じゅうりん)する。冬馬がぴくりと小さく身体を震わせると、その場所で舌先を尖らせてつついたり、全体を広く使って優しく舐め上げたり、変化を付けながら愛撫してくる。口の中だけでも敏感な場所があちこちにあり、あまりの気持ち良さに冬馬の呼吸は乱れ、足はわなわなし始めた。 (こんな舌遣いで、身体のあちこちを舐められたりしたら、(たま)らないだろうなぁ……) 想像しただけで、冬馬の中心は期待に膨らみ、デニムの前を押し上げる。一方、冬馬の口内をじっくり(なぶ)っている雄吾は、舌を(から)めながら冬馬のスウェットシャツの下から手を入れ、素肌に触れた。冬馬は(こら)え切れず、小さく喘ぎ声をあげた。 「ねえ、雄吾。こ、ここでするの……?」  雄吾が冬馬の素肌をまさぐり始めたので、慌てて抗議の声をあげた。リビングとは言え、一歩隣は廊下だ。声をあげたら隣近所に聞こえてしまう。 「まさか。こんなとこで最後まではしないよ。……シャワー浴びようか、一緒に」  雄吾は、ポケットから取り出したスマホに素早くメッセージを打ち込んで送信した。 「あいつには、帰ってくれって言った」 「……後から押し掛けた僕が言うのもなんだけど、あの人を帰して良かったの?」  おずおずと尋ねると、雄吾は決まり悪そうに真実を暴露した。 「恋人でも何でもないよ。あいつ出張ホストなんだ。今日は冬馬を追い返すために、恋人っぽい振りをしてくれって頼んだんだ」  雄吾に手を引かれ、脱衣所に移動した。彼は無言のまま自分のセーターとTシャツをまとめて一気に脱ぎ捨て、そのままの勢いでデニムも下に落とす。ボクサーパンツの下の彼自身は、まだ完全に勃ち上がってはいないが、十分な存在感を示している。雄吾は自分の身体を隠そうともしない。それはそうだろう。程良く筋肉の付いた身体に、肩や肘、指の節、踝などの関節の骨が浮き上がって、男らしい色気が溢れている。 (雄吾の身体つきって、セクシーだなぁ……。もっとじっくり見たいけど、興奮しちゃいそうで恥ずかしい)  チラチラと雄吾の半裸を盗み見ながらも、冬馬は踏ん切りが付かず、スウェットシャツの裾をいじった。雄吾は冬馬のためらいに気付いたのだろう。優しく口付け、肩や背中をさすってから、冬馬のシャツの(すそ)(つか)んで上に引っ張り上げ、脱がせてくれた。  二人の目線と肌を隔てていたものがなくなった。彼は冬馬を抱き寄せた。あらわになった二人の胸が触れ合う。温かく滑らかな肌に包まれ、冬馬はうっとりした。男の広い肩と硬い胸に抱き締められて性的に興奮する自分はやっぱりゲイなんだと改めて実感した。  「怖い?」  冬馬は首をふるふると横に振った。 「強がらなくて良いよ。不安そうな表情(かお)してた。……初めてだもんな? 緊張するに決まってるさ」  安心させようとするように、彼は冬馬の背中をしっかり抱き締めてくれた。冬馬は彼の耳元で小さな声で呟いた。 「怖くはないんだけど……。僕、ホントに何も知らないんだ。経験もないし。ちゃんとできなかったら雄吾に悪いなって思ってた」  雄吾は少し身体を離し、冬馬の顔を覗き込んだ。 「俺は、冬馬を気持ち良くしてあげたい。俺たちには今夜しかないからさ。良い思い出を作ってあげたい」  冬馬は(まぶた)を閉じて、額を雄吾のそれにコツンとくっ付けた。  二人は静かに微笑み合いながら、それぞれ自分の下着を脱いで、浴室に入って行った。それぞれボディソープを手に取って泡立てた。身体がざっと洗えたところで、冬馬は少し頬を赤らめながら自分の後ろに手を伸ばした。ソープで滑る指を中にそっと入れる冬馬を見て、雄吾は驚いた表情を浮かべた。 「準備のやり方、知ってたの?」  冬馬はコクリと頷き、小声で打ち明けた。 「ケンジママが教えてくれた」 「……あいつ、冬馬に何を教えてるんだよ!」  ブツブツ文句を言っていた雄吾だが、冬馬が自分で後ろを洗い終わったのを見届けると、シャワーヘッドを手に取った。器用にヘッドを外し、ホースからお湯を出す。手で水圧と温度を確かめた。 「冬馬、ちょっと中にお湯入れるよ。中に残ってるソープとか、出しちゃおう」  冬馬は俯いて恥じらいつつ、素直に雄吾に腰を差し出した。雄吾は双丘をそっと開き、すぼまりの入り口にホースをあてがった。中にお湯を入れて出す。それを何度か繰り返した。 「よくできたね。上手だったよ」  恥ずかしがる冬馬をねぎらうように、雄吾が甘い声で囁いてくれた。  シャワーを浴びた後、二人は裸でベッドに腰掛けた。促されて仰向けに横たわると、雄吾は黒く光る瞳で見つめながら、ゆっくり唇を重ねた。冬馬は自分の呼吸が荒くなり始めていること、自分の中心が既に興奮で屹立していることに気付き頬を赤らめた。冬馬の全てを愛おしみ記憶したいと言わんばかりに、雄吾は丁寧に身体の隅々まで唇や指を這わせ愛撫し始めた。彼の真っ直ぐな愛情と弱い刺激がくすぐったくて、冬馬はもどかしげに身体を震わせる。 「はああっ……ああ……」  熱い息に耳をくすぐられ、低い声でささやかれ、冬馬は甘い溜め息をこぼした。 「冬馬、耳が弱いんだね」  雄吾の呼吸も荒い。自分に欲望を感じてくれている。嬉しくて、冬馬の胸は甘酸っぱさでいっぱいになる。  胸の小さな(とが)りを指先で()まんで引っ張り上げられ軽くつねるようにひねられた。小さな粒は雄吾の指に(なぶ)られ、ぷっくりと立ち上がり硬く質感を変え、存在を主張している。 「ああっ……そこ、気持ち良い……」  冬馬は正直に打ち明けた。唇の両端をきゅっと持ち上げ、嬉しそうな表情を浮かべると、雄吾は優しく微笑み返してくれた。 「こうやって抱き合う気持ち良さは、男同士だって関係ないよ。アフリカの歴史や文化を否定するつもりはないけど、冬馬が自分のセクシュアリティを否定したり、恥じたりする必要ないよ」  冬馬は、一瞬目を見張った後、照れたように笑った。 「そうだね。ありがとう」  恋しい人と見つめ合い、唇を重ね、肌を求め合い始めてから、冬馬の頭からは後ろめたさや罪悪感は抜け落ちていたのだ。

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