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第16話 いちばん大切なもの

冬馬(とうま)、ここ、自分で触ったことある?」 「ううん」  冬馬が小さな声で答えると、雄吾(ゆうご)は冬馬の不安を感じ取ったのか、微笑みながら囁いた。 「大丈夫だよ。ゆっくり、優しくするから。俺を信じて任せて」  彼は躊躇なく、冬馬の後孔を愛撫している。軽く抜き差ししながら指が回転すると、中に潤滑剤がなじんだようで、その指の動きが滑らかで大胆になった。入口を少しずつ拡げるように指を動かしながら、彼は左手で冬馬の中心を愛撫した。二度も精を吐いた後だというのに、そこはすぐに雄吾の手に反応して勃ち上がる。先端からまた噴きこぼれた蜜と、雄吾の手に纏(まと)った潤滑剤が混じり、湿った音を立てている。裏側の繋ぎ目の部分を根元からゆっくりと執拗に撫でられ、再び、じわじわと快感が高まり始めた。鍼灸をしてもらった時のように、身体の内側が熱くなる。冬馬は背中や胸にうっすらと汗をかき始めた。快感から吐息をこぼすと、少しお腹の中に圧迫感が増した。 「もう一本指が入ったよ。……痛くない?」 「痛くないよ。大丈夫」  冬馬の返事に、雄吾は頷いた。  ゆっくり奥から手前に引くように、雄吾の指先が冬馬の内壁を繊細に愛撫する。何度か指が行き来するうちに、ある箇所で不思議な感覚を得た。 「やっ、はぁっ、んんっ……」 「ん……、ここ、かな……?」  雄吾は独り言のように呟き、その部位をこねるように擦り上げる。 「ひゃんっ!」 小さく悲鳴のような声が漏れ、腰が跳ねた。雄茎への愛撫とは異質の快感が冬馬を包んだ。内壁がとろけそうだ。すぐに絶頂に達してしまいたくない。この快楽をまだ味わっていたい。冬馬は思わず内壁に力を入れた。そこが収縮したのを感じ取った雄吾は嬉しそうに感嘆の声をあげた。 「すごい……。冬馬、後ろも感じてる? 良いよ。柔らかいのに締まってるし」  後ろを優しく淫らに掻き回されると、前からも、快感に泣きじゃくるように欲望の雫がこぼれ落ちる。 「冬馬、上手だよ。そのまま、気持ち良くなることに集中してて」 「やだぁ……。また僕だけイッちゃいそう」  冬馬は、イヤイヤとかぶりを振り、シーツをぎゅっと握り締めた。 「もう少し(ほぐ)してからのほうが、気持ち良くなれるから」  雄吾にあやすように(なだ)められ、冬馬は素直に頷いた。 「好きだよ、冬馬」  背後から肩に口付けられ、冬馬はシーツを掴んでいた手を緩めた。優しいけれど真剣な雄吾の声から、自分を(よろこ)ばせたいという彼の願いや真心を感じた。もう一度、大きく息をついて身体の緊張を緩めると、三本目の指が後孔に忍びこんできた。雄吾に丁寧にあやされたそこは、難なく太い三本目の指をも飲み込んでいく。雄吾は、中で不規則に指を広げるように動かしている。最初は指を差し込まれても鈍くしか感じなかった内壁が、今や、そこかしこが性感帯になったようだった。 「んんん……、はぁあああっ……」  冬馬の口から漏れる喘ぎ声は、もはや言葉になっていなかった。前から次々と溢れる蜜は、後ろまで濡らし始め、潤滑剤と混じり、一段とねちねちといやらしい水音を立てている。  前触れなく、後孔から指が引き抜かれ、冬馬は身体を震わせて、ひときわ切ない声で啼いた。  背後を振り向くと、雄吾が膝立ちになり、熱く猛った彼自身にコンドームをかぶせていた。その剛直の猛々しさに冬馬は目を奪われ、興奮と緊張でごくりと息を呑んだ。 「俺を、受け入れてくれる?」  雄吾は、おずおずと不安そうに見えた。大人っぽくてセクシーで、自信ありげに自分をリードしてきた彼が、遠慮がちに冬馬に許可を求めている。不安なのは、初めてのことばかりの自分だけではない。自分と初めて繋がろうとしている雄吾も同じなんだ。  誰かの全てが欲しいと思うこと。  それよりも強く、誰かに全てをあげたいと思うこと。  人を愛するのは、こんなシンプルなことだったんだ。  冬馬は笑みを浮かべた。仰向けに横たわり、雄吾に両手を差し伸べた。 「雄吾、好きだよ……。今夜だけでも、僕を全部、雄吾のものにして」  喉の奥に何かがつっかえたような表情を浮かべた後、雄吾の頬に涙が流れた。 「……こんなに好きだと思える人に出会ったの初めてで、気付いたら泣いてた」  小声で打ち明けながら、雄吾は冬馬に優しくキスをした。そして、冬馬の両脚を胸に引き寄せさせて、上から覆い被さった。冬馬の呼吸に合わせて、雄吾は後孔の入り口に、彼自身を埋めた。先端の太い部分が挿入される時、冬馬は一瞬身体をこわばらせたが、雄吾は優しく肩を撫でてくれた。 「リラックスして」  最初は違和感しかなかった。たっぷりあやされた後にも拘わらず、指とは質量が圧倒的に異なる男の身体を受け入れ、入口も内壁も隙間なく押し広げられて、全く余裕がない。雄吾は遠慮がちにゆっくり浅く抽送した。しかし、冬馬の表情がとろけ始めたのを見て、内壁をいやらしく、ねちっこく擦るような動きに変えた。良いところを擦り上げられると、腰の奥が甘く()んだように熱を(はら)み、冬馬は喘いだ。目と口は半開きでうっとりと陶酔した表情になった。 「んっ……ふうっ……。う、ううん……」  胸も熱く満たされて自然と瞳が(うる)む。 「冬馬、平気……? もしかして痛い?」  心配そうに雄吾が冬馬の顔を覗き込む。雄吾自身、高まり始めていて呼吸も乱れているのに、冬馬のことを一番に気遣ってくれている。その優しさにときめいた。 「痛くない。気持ち良いよ。ちょっと感動しちゃっただけなんだ。 『ああ、今、好きな人と繋がってるんだ。そして、お互い気持ち良くなってる』って思ったら、なんか胸が一杯になっちゃって」  率直に打ち明けながら、冬馬は自分の頬の熱を感じていた。しかし、初めて恋した彼と肌を重ね、愛を囁き合う機会は今夜しかない。一夜限りの恋だからこそ、精一杯自分の気持ちを伝えたい。そんな想いがシャイな冬馬に勇気を与えた。  切なげに冬馬を見つめていた雄吾は、何かを決意したような表情で、冬馬の一番良いところを、えぐるように抜き差しし始めた。 「あっ……はあっ……。ん……やぁああっ」 フロアランプの淡い光の中で、冬馬の肌は(あか)く上気し始めた。二人とも呼吸がどんどん荒くなり、言葉にならない喘ぎ声が混じる。 「……ねえ、雄吾。イキそう」  快楽の濁流の中に押し流される身体が重い。殆ど閉じた(まぶた)を持ち上げて訴えると、雄吾は小さく頷いた。そして、ラストスパートを掛けるように力強く腰を律動し始めた。  次の瞬間、目の前が真っ白になり、冬馬の身体は絶頂に押し上げられた。前からは、絶え間なく白濁がこぼれ続けている。後ろは、しゃっくりでもしているかのように、不規則に収縮を続けている。 「っ……。ああっ……、あっ!」 一瞬で終わる射精の絶頂感とは異なるものだった。冬馬は自分の身体の赴くままに任せた。そして更なる高みを揺蕩(たゆた)う自分自身を感じた。 「冬馬……、愛してる」  絶頂に達した冬馬の姿を見届け、雄吾は冬馬の中で熱情を(ほとばし)らせた。  乱れた息を整えながら、二人は身体を寄せ合った。  冬馬は、雄吾からの問いに答えて自分の故郷についてぽつりぽつりと話した。 「サバンナは、すごくきれいなんだ。いつか雄吾にも見せたいな。生き物達が、あるがままの自然の姿で、精一杯生きてる。それを、大地や川が包み込んでる。人間だけじゃない。動物も植物も、自然の一部なんだって実感できるんだ。  バオバブっていう、世界一大きな木もあるんだよ。『星の王子様』に出てくる、星を滅ぼす悪い植物のモデルだって説もある」 「星の王子様か……。王子様が薔薇(ばら)と喧嘩することしか覚えてないなぁ」  雄吾が首をかしげた。 「……大切なものは、目に見えないんだよ。心で見なければいけないんだ。  これが、星の王子様の一番有名なフレーズ。僕も、その通りだって思う。  薔薇は地球上にたくさん咲いているけど、王子様にとって大切なのは、彼の星に咲いていた、天邪鬼(あまのじゃく)な一本の薔薇だけだったんだ」  雄吾は、冬馬を引き寄せ、自身の胸の上に冬馬の頭を置いた。 「俺のここにもあるよ、大切なものが。冬馬と過ごした思い出がね。一緒にいられた時間は短かったけど、確かに君を好きになった気持ちも」  冬馬は無言で腕を雄吾に絡め、強くしがみついた。 「そんなに拘束しなくても、俺はどこにも行かないよ」  雄吾に笑われて、冬馬はムッと頬をふくらませた。 「だって、明日になったら、お別れしなきゃいけないでしょ? あとちょっとしか時間がないから、少しでも近くにいたいんだもん」  寂しそうに、顔を雄吾の身体に擦り付け、匂いをくんくんと()いだ。 「雄吾の匂いも覚えたい」 「……動物みたいだなぁ。冬馬、俺の体臭だけで良いの?」  雄吾は再び冬馬を組み敷き、その白い肌に唇を這わせた。 「んんっ……。は、あんっ……。また、するの? 僕、いっぱいイカされたから、もう何にも出ないんじゃないかな」  口ではつれないそぶりの冬馬だったが、身体は抵抗するどころか、既に口を半開きにして、快感に身を委ねていた。  二人は何度か抱き合って、最後は力尽きてどちらからともなく眠りに落ちた。

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