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第5話

セーフワードは『すぐる』。 これは僕の名前。 セーフワードは受け手側に本当に嫌な事を受け入れさせない為の大切な言葉。 だから酷いとは思わない。 だって、青桜(あお)は僕の事を『ゆう』と呼ぶから。 それは僕にとっては青桜だけの特別な呼び方。 初めて彼が僕を呼んだ時、名前の読み方を間違えたんだ。 蒼白な顔してガチガチになってた彼に、名前の読み方が違うなんて可哀想な事言えなくてそのまま流してた。 『ゆう先輩。(ゆう)先輩』 なんか、その響きが可愛らしくて 耳に心地良くて ずっと聞いていたいと思ったんだ。 だから『すぐる』は自分達が現実に戻る為にも良い単語だった。 青桜が僕に自分の知るDom/Subの世界観を伝えてくれた。 Dom性は基本的に支配して屈服させたいと言う露骨な征服欲以外に相手をもてなしたいとか奉仕したい、構いたい、優しくしたい、守ってあげたいと言うタイプでも構成されていた。 同様にSub性は被虐体質だったり、屈服したいという者も居れば尽くしたい、愛してほしい、構って欲しい、甘やかして欲しいと言うタイプもいるそうだ。 「で、青桜は?」 「ぇ?」 「僕にどうされたい?『ごっこ』だけど、  多分僕自分にそう刷り込んじゃいそうだから  一応青桜の希望を聞いておいてあげる」 僕の本業が歌手と言えども今は第一線で引っ張りだこの役者の身でもある。 今では主役を張るような仕事をしているけど、これまでにはチンピラ、間男、サイコパスと色んな役もこなしてきている。 僕は青桜の希望に出来る限り答えたかった。 今やドラマや映画に引っ張りだこのこの天才が自分の為だけに演じてくれようとしている。 青桜はその事実に身震いする程感極まっていた。 戸惑いながらも嬉しいって気持ちがダダ漏れなところが奥ゆかしくて可愛いんだよねと優は思っている。 ダダ漏れの時点で奥ゆかしさは掻き消されてる気もするが、これが天然成分配合の2人の在り方(かたち)なのだ。 「(ゆう)さん…優さんの好きでいいよ。  オレ、優さん大好きだもん!」 「僕は…青桜を甘やかして、僕しか見えなく  させたい」 青桜は尾骶骨辺りがゾクリとするのを感じた。 「優さんが…オレに与えてくれるものは、  全て…受け入れたい。それがオレの『希望』  …だよ」 青桜は自分が優より大きくなった事に嫌悪感を抱いていた。 成長過程で背が伸び体が大きくなるのは健康的な男子であれば仕方のない事だった。 それでも、「可愛い、可愛い」と自分を抱く優より大きくなる事に嫌悪感を感じた青桜は一時食事をとる事さえ、拒んだ事があった。 何事にも無頓着な優が顔色が悪いと気に留める程弱々しくなり、ついにはサッカーの試合中に倒れたのだ。 医者から栄養失調からの貧血と言われたことを知りさすがの優も声を荒げ問いただしたらこれ以上身長を伸ばしたくなくて食事制限をしていると聞き2週間ほど掛けて本人を説得したのた。 青桜は頑として食事をするのを嫌がった。 そして、その時青桜が最終的に従った言葉は優の 「お前が食事をしないなら僕も食べない」 だった。 青桜がスポーツもしているしモテるのに猫背がちだったのは大きく見せない為の努力だった。 それを知った優は兼ねてから自分とセットでよく声を掛けて来たモデル事務所に入る様に勧めた。 最初は嫌々だった青桜も自分が載った雑誌を優がわざわざ買い、嬉しそうに見て笑ってくれる顔を見るたびやり甲斐を見つけ、大学に入ると共に事務所と正式に契約した。 最初の一年、優は青桜の紐のような生活だった。 実際、東京に出てからずっと住んでいるこのマンションも青桜が世帯主だった。 青桜は優の為ならなんだってやりたかった。 「禁止事項に『跡を残さない』しかないけど、  こんな可愛い青桜を見て僕はベッドの中  じゃそんな紳士ではいられないよ?」 冗談めかし青桜の表情を上から覗き込む様に伺うと 下顎を撫で上げながら顳顬(こめかみ)にキスを落とす。 「ごめんなさい。  仕事が無かったら…オレ優さんになら  何されても良かったのに…」 「可愛い事言ってくれるね…チュッ」 今度は青桜のつむじにキスを落とす。 青桜は照れ臭そうに頬を優の足に擦り付ける。 「こんなオレを『可愛い』なんて言ってくれ  るのは、優さんだけです…。それにオレ、  優さんが好きって言ってくれるだけで満足  だし…」 「分かった。じゃあ、はじめようか青桜。  『command』は絶対…が、ルールだよ」 真っ赤な顔をした青桜はコクリと小さく頷いた。

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