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光の速さで連れてって Ⅱ

「触るよ、朝ちゃん」 もう如何にでもしてくれと、諦めて目を閉じた。月森の指が何処か遠慮がちに、しかし一方では酷く大胆に朝賀のそれに触れる。電気が走ったように一瞬体が固まった。緩々と月森が何かひとつひとつ確かめるように、付け根から先端までを丁寧に撫でる。朝賀が震えて教えた好きなところをちゃんと覚えており、そこを敢えて外す意地の悪さを見せることなく、律儀なまでだが流れるような自然な動きだった。内腿の筋肉が震えて、唇からはまただらしない声が漏れる。そのたびに月森が楽しそうに目を三日月にするのを見ながら、恥ずかしいやら情けないやら、ごちゃごちゃに混ざった気持ちはマーブル色になっていく。 「ん、ァ・・・っ」 「気持ち良い?」 「あ、ァ・・・ん」 不意に月森の指が離れる。それが透明の糸を引いていて、最後のそれには頷いても良かったかもしれないと思った。それくらいの素直さは自分にあっても良いかもしれない。月森がローションのボトルからそれを取り出し、手のひらの上で無意味にくるくると掻き混ぜている。 「後ろ、指入れるよ」 「・・・ん」 頷くと月森はまた目だけで笑った。冷たいローションが肌に触れて、ややあってから指が中に押し入ってきた。何度経験しても慣れない感覚に、自然と眉間に皺が寄る。唇を割ると自棄に熱っぽい声がそこから漏れて、慌てて口を塞ぐ。また月森が笑ったような気配がした。指がゆっくりと抜かれたと思うと、一本二本と増やされて戻ってくる。その圧迫感と、何とも言えない気持ちの悪い感覚に、朝賀は奥歯を噛んで耐える。如何してこれが快楽と繋がっているのか分からない。 「朝ちゃん、大丈夫?」 暗がりの向こうで月森が問う。薄く目を開けると、彼の瞳は思った以上に近くにあった。大丈夫だと返事をしたくて、けれど言葉にはならずに、朝賀は唇を僅かに震わせただけだった。月森の眉間に皺が寄る。そんな顔はしなくて良いのに、そんな顔を月森がする必要はないのに。朝賀はそう言いたくて、でも言えないで、震える手を伸ばすと月森の鎖骨の窪みに指を引っ掛けた。 「だい、じょう・・・ぶ、だから」 「・・・ごめんね、挿れるよ」 指が抜かれてふっと肩の力が抜けた。月森が自身のベルトを外す音が暗闇の中、自棄に響いて聞こえた。朝賀は肩で息をしながら、ぼんやりと見慣れたはずの自分の部屋の天井の木目を見ていた。何も考えられる気がしなかった。月森とセックスをする時は、いつも不思議だったけれど、その時もやはりいつもと同じように不思議だった。如何して彼が謝るのか分からないし、如何して彼がそんなに申し訳無さそうにするのかわからない。一体誰に向かってその言葉を呟いているつもりなのか、朝賀には到底理解出来ない。そっと天井から視線をずらし、月森を見遣ると目が合って酷く気まずいような気がした。 月森は何も言わずに、また目だけで笑った。そして朝賀の腰を掴んで、それを充分解れただろう後ろ孔の入り口に当てた。ひくりと頬の筋肉が緊張にざわめく。 「・・・っあ、」 指より遥かに大きいものが割って入り、朝賀は一瞬にして不意の呼吸を奪われた。月森が短く息を吐く。ゆっくりとしかし着実に、それは朝賀の中に進入してくる。喘ぎ声というよりは、どちらかといえば呻き声に近いそれが、朝賀の口から漏れる。 「う・・・ぁ・・・っ」 それでも月森は進入を諦めようとも、止めようともしない。短く息を吐きながら、汗で滑る朝賀の腰を抱いて、全てをそこにおさめようとする。何度ももう止めてくれと叫びたい気持ちが押し寄せるが、月森が眉間に皺を寄せているのを見ると、どうにもそれが愛おしくて結局唇を噛んでいる。月森はいつも明るく笑っている。月森さえいればどんな場所でも明るく、どんな人たちとも楽しいだろう。そう朝賀は盲目的に信じている。月森にはそういうところがある。その天真爛漫さ、底抜けに明るく軽やかな姿は、自然に周囲の人の心にそういう気持ちを育たせる。だからその月森の神妙な顔、というのは珍しかった。知らない、きっと月森がこんな風に眉間に皺を寄せて、こんなに心痛そうにセックスをするなんて、きっと知らないだろう。朝賀はそう思ってひとりで優越感に首まで浸かる。もっと知りたくなる、もっと酷い顔をして欲しいと思ってしまう。そしてそれを自分にだけ、自分にだけは見せて欲しいと思う。こんな形の独占欲を抱いていると知ったら、月森は一体どんな顔をするだろう。朝賀はそれを怖がりながら、一部では楽しんでいる節があることを自分で分かっていた。 「あ、はぁっ・・・」 「全部、入った」 「ん・・・」 肩で息を吐いて、月森は真っ直ぐにこちらを見てきた。恥ずかしくなってしまうほどのその視線の誠実さに、朝賀は目を背けたい衝動に突かれながらそれに耐えていた。 「動くよ、良い?」 月森が短い言葉で尋ねる。彼もきっと余裕がないのだ。そんなことこの期に及んで聞かなくても良いのにと思いながら、朝賀は頷いた。 「・・・は、もう、待って、て言わないんだ、ね、朝ちゃん」 目尻を下げて月森は笑った。そんなことを言っても、待ってはくれないくせにと、言いたかったが、朝賀はそれに月森と同じように口角を上げることで答えた。 「わらった、あさちゃん」 「・・・え?」 月森は自分のために小さく呟き、朝賀の問いには答えなかった。代わりに腰を握る手に圧が加わって、瞬間そんなことはどうでも良くなる。月森の眉間に皺がまた寄り、彼が腰を引いたのが分かった。次の瞬間またそれが朝賀の中に押し入ってきた。 「あ、はぁ、ァ」 「くる、しい?」 「んん、へい、き、だから」 「じゃ、きもち、いいの」 口角を上げて、月森は悪戯っぽい表情を浮かべた。朝賀は浮いてきた涙でそれが滲んでいくのを勿体無いと思いながら見上げていた。すると月森が体を寄せて、朝賀の頬にキスを落とした。一層深いところに月森のそれが届いて、朝賀は体を仰け反らせてその痛みとも快感ともつかない感覚に震えた。 「あ、や、ンン・・・っぁ」 「言って、いいって、言って」 「ん、い、いい、よ、きもち、い・・・―――」 言い終わらない朝賀の唇を、月森はそれで塞いだ。ただでさえ呼吸が覚束無い中、器官を奪われて朝賀は慌てた。唇が離れる僅かな間だけ、新鮮な空気と舌が触れたが、またすぐに角度を変えて月森に口付けされる。時々、まだ夢みたいだと思う。月森がどうして自分の手なんて握ってくれたのだろうと思う。酷く熱に浮かされた頭で、あんまりにも気持ちが幸せで満たされてしまうから、ぼんやり考える。それに答えなんて出なかった。答えなんてないのかもしれない。薄暗いそこで月森は微笑んでいる。朝賀の髪を梳いて、その唇に口付ける。そんな風にされると錯覚するだろう、まるで恋人みたいではないか。いや、文字通り恋人で間違いはないのだと、思ってもまだ分からない。月森は嘘を吐かないから。 「好き、だ、あさ、ちゃん」 「あっ、ああっ・・・だめ、」 「好きだ、よ」 「・・・あっ・・・」 それを信じるしか、なくなる。 「ね、朝ちゃんビール飲んで待ってるのやめてよ」 「・・・いやだ」 「えー・・・何でだよー!」 毛布に下着一枚で包まって、月森は不服そうに抗議して、隣に転がっている朝賀の背中をばしばし叩いた。月森には悪いけれどその要求は飲めない。アルコールにどれほど現実検討を落す能力があるのか、朝賀には分からなかったが、しっかりした頭と心で月森と向かい合うことなど、自分にはまだまだ無理そうだということだけはしっかりと分かっていた。 「朝ちゃんビールでなんか誤魔化そうとしてるでしょ、俺とやってるときもなんか時々違うこと考えてるみたいな時あるし」 「そんなことないよ」 「ちゃんと俺のこと考えてる?」 「・・・考えてるよ」 ふうと枕に息を吐いて、朝賀はいい加減月森がベッドスタンドを消してくれれば良いのにと思う。余りにも強い光が、暗闇に慣れた朝賀の目を突いて酷く痛い。 「じゃぁこっち向いて、もっとひっついて寝よう」 「・・・いやだ」 「またそういうこと言うー」 不服そうにまた月森が朝賀の背中を叩く。だってきっと、明るい光の下で自分の顔は酷く赤い。そんな顔、恥ずかしくて見せられたものではない。月森はまだ背中で煩いが、朝賀はそれを半分以上聞き流して足を丸めた。この部屋が暗くて良かった。本当に良かった。 fin.

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