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ようこそ、新世界へ Ⅱ
「棚の?あ、ヘリ?」
言いながら月森が立ち上がるのに、朝賀もつられるように立ち上がる。それを見ながら先程座らせたばかりなのにと月森は一瞬思った。棚の上に飾ってあったのは月森が一時、はまって作っていたヘリコプターのラジコンだった。沢山あったがほとんど実家に置いてきて、ここにあるのは一基だけだ。特別な意味はないが、値段がそこそこしたので埋もれさせておくのはもったいないと思い、インテリア代わりに飾ってあるだけだった。月森がそれを手に取ると、朝賀が後ろから覗き込んでくる。朝賀がこんなオモチャに興味があるとは思えなかったが、その目は変わらず何かを期待してきらきら光っている。
「ヘリだよ、なんか一時好きで集めてたんだよね、これだけ3万くらいしたからこっちに持ってきたんだけど」
「へぇ・・・これ月森くんが組み立てたの?」
「そうだけど・・・」
「すごい!触っていい?」
「いいけど・・・」
自分が知らないだけで、朝賀は本当はこういうものが好きなのだろうか、そんなこと一度も聞いたことがないが。月森には、朝賀がそんなに楽しそうにする意味が分からない。すごいと言われたって、説明書を見ながらだったらきっと朝賀にだって組み立てられる、そう思ったが月森はあえてそれは朝賀に伝えなかった。朝賀に渡すとそれを大事そうに受け取り、機体を回転させながらヘリコプターを隅々まで眺めている。月森はそれを見ながらますます分からなくなってしまった。
「・・・ねぇ朝ちゃん・・・―――」
「あ、ありがとう。月森くん」
今日なんか変じゃない?と言おうとしたところで、タイミングが良いのか悪いのか、朝賀に遮られヘリコプターが月森の手に戻ってくる。らしくなくにこにこしている朝賀は可愛くて、月森はそれには言うことはなかったが、それにしても様子が可笑しいのが引っ掛かる。朝賀から返ってきたヘリコプターを棚の上に戻して、月森は朝賀にまた座るように促した。
(今日なんか絶対おかしい・・・昨日いいことでもあったのか?)
元の場所に座り直した朝賀は見るからに上機嫌でジュースを飲んでいる。朝賀にとっていいこととはなんだろう、いつも辛辣に当たられている津村に優しくでもされたのだろうか、もしそんなことでこんなに機嫌が良くなるなら、月森は面白くはないが。考えたが朝賀の機嫌がこれほどまでに良くなる理由を、月森は他に想像することが出来なかった。だって朝賀はいつも申し訳なさそうに俯いている。良いことがあっても次にはきっと悪いことがあるに違いない、これは何かの前触れに違いない、そう言って俯いていることが大半なのだ。そんなことないよとその背中を月森が慰めても、朝賀は強情でなかなか信じない。
「月森くんDVDいっぱい持ってるんだね」
「え、あ」
考えているといつの間にか朝賀は目の前にはおらず、テレビ台の前に座っていた。いつの間に移動したのか、月森も慌てて近づく。
「ちょっと見ていい?」
「あー・・・うん、でもたぶんつまんないよ」
そんな月森の言葉が聞こえているのかどうか、朝賀はテレビ台の中からDVDを取りだし、誰の家にもありそうなそれを並べて珍しそうに眺めている。
「これ、月森くんが買ったの?」
「友達がくれたのもある・・・勝手に置いてったのも、これとかそう」
「スペースシャトルの不思議、へえ、面白そう」
「つまんなかったよ」
正直に感想を言うと朝賀は月森のほうを見て、黙ったまままたにこっと笑った。簡単に心臓がどきりと跳ねる。本当に今日はどうしてしまったのか、月森は次々テレビ台からDVDを取り出して絨毯の上に広げて見ている朝賀のことを、実に不思議な気持ちで後ろから眺めていた。
「あ、まだ奥にある・・・」
「朝ちゃん!」
「え?どうしたの、月森くん」
「そ、それ以上はやめとこう・・・ほんとに面白くないから」
「・・・?」
慌てて月森が朝賀の腕を掴んで止める。朝賀はぽかんとして、慌てた月森の顔を見ていた。月森は朝賀が出したDVDを片手で掴めるだけ掴むと、テレビ台の中に放り込むようにして直した。そしてほとんど空になったコップを持って立ち上がる。
「ジュース!注いでくるね!」
「・・・あ、うん」
キッチンまで避難すると、月森はちらりと朝賀の様子を後ろから伺った。残ったDVDを興味深そうに朝賀は眺めている。
(あっぶね!男同士だけど・・・朝ちゃんには見られたくないもんなぁ・・・)
テレビ台の奥に隠してあるDVDの存在に気をやりながら、月森はキッチンでひとり乾いた喉を潤した。
(でも朝ちゃんの家DVDとかなかったけど・・・ああいうのやっぱ持ってないのかな、持ってなさそうだなぁ・・・)
朝賀の家には、DVDなんてなかった。月森は朝賀の手を止めさせたが、はじめのころ月森はこっそり朝賀もそういうものを持っているだろうと思って、好奇心で探してみたことがある。けれど朝賀の家には月森の予想空しく、そもそもDVDというものがなかった。映画もアニメも、勿論月森が隠したようなDVDも1枚もなかった。興味がないのだと思った、その時は。けれど月森のジャンルがばらばらのそれを実に楽しそうに眺めている朝賀を見ていると、どうもそうではないらしいことは分かる。本当は色々見たい気持ちもあるのだろうか、ならば買えばいいものを、お金ならあるだろうに、そんなに高いものではないし、月森にはますます分からない。けれど朝賀はにこにことそれを眺めては飽きずに楽しそうにしている。
(ほんとに変だ・・・今日)
いつまでもキッチンに避難しているわけにもいかないので、月森はジュースを注いで部屋に戻った。朝賀はまだ楽しそうにDVDを見ている。その嬉しそうな横顔を見ながら幾ら思案しても、月森は正解まで辿り着けない。ふっと息を吐くと月森は決心した。
「ねぇ朝ちゃん」
「ん?」
「いいことでもあったの、今日なんかにこにこしてるね」
原因が何なのか特定できないのは気持ちが悪い。ひとりでぐずぐず考えるのは性に合わないし、仕方がないので、結局月森はストレートに朝賀にそれを尋ねてみることにした。朝賀は持っていたDVDを置いて、月森のほうを見た。俯いていていつも視線が合わない朝賀の目が、今日は月森をはっきり捉えている。月森はまた心臓が跳ねるのを、耳の側で聞いていた。
「あ、ごめんね」
「いや別に・・・楽しそうな分はいいんだけど」
「月森くんの部屋が面白くて」
「面白くてって・・・別にフツーなんだけど」
大真面目な顔で朝賀は言うので、どうやら本当にそう思っているのだろうことは分かったが、月森はやっぱり腑に落ちない。
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