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ようこそ、新世界へ Ⅲ
「考えてみたらね、僕って月森くんのことあんまり知らないなって思ったの。何が好きだとかひとりの時間をどんな風に過ごしてるのかとか」
「・・・え?」
「だからね、今日はそういうこといっぱい知れて・・・なんか嬉しくて。ごめんね、はしゃいじゃって」
「・・・―――」
そうして朝賀が眉尻を下げて申し訳なさそうにして笑った。
(なんだそれ・・・俺のせいなの・・・?)
それに何と言っていいのか分からず、じっと朝賀を見ていると朝賀のほうが照れたように視線を反らした。その仕草はいつもの朝賀らしくて月森は少しだけほっとする。今日はテンションが高くてにこにこ笑っていて楽しそうで嬉しそうだったのも全部、今まで知らなかった月森の部分に触れたからなのだろうか。そう思うと、月森も自分の顔に熱が集まってくる気配を感じた。そういうことを知りたくて、朝賀は家に来たいと言ったのかもしれない。一緒にいてもふたりでいてもあんまり自己主張しないそのひとが、急に思い立ったようにそんなことを言い出したのは、一体何を切欠にしていたのだろう。
(もっとはやく連れてくれば良かったな。何にも知らないなんて、そういうの簡単に思うの、朝ちゃんらしいけど)
ふっと息を吐くと朝賀がゆっくり顔を上げる。困ったように瞳が揺れているのと目が合った。
「月森くん?」
「何にも知らないなんてそんな寂しいこと言わないでよ」
「・・・あっごめんね、そうだね・・・」
「そう、朝ちゃんしか知らない俺だっていっぱいあるよ」
「・・・月森くん」
テーブルを避けてそっと近づくと、朝賀が少しだけ緊張したように震えて、月森の名前を呼んだ。キスがしたいと思った。キスの雰囲気やタイミングが分かるのか、朝賀はそういう時、体を固くして少し震える。今日は夜まで待つのだと月森の頭の中で月森の良心が言う。もうひとりが別にキスくらいいいのではないかと言い、それでやめることができる自信があるのかとまた良心が言う。
(どうしよう、これキスしていいのかな?怒るかな?)
「月森、くん?」
突然止まって何かを思案し始めた月森のことを、訝しそうに朝賀は見上げる。その目はいつもより光を取り込んできらきらと光っている。
(いいや、しちゃえ。可愛いこと言う、朝ちゃんが悪い)
良心が頭の中で月森を止める。それを振り払って月森は朝賀の肩を抱いた。びくりと体を硬直させて、朝賀は月森を見やる。そっと顔を近づけると、朝賀は少し迷って困ったような顔をしたが、ゆっくり目を瞑った。怒られるかなと思ったけれど、意外にも素直に受け入れてくれる。触れるだけのそれを繰り返した後、朝賀の唇を割って舌を入れると、朝賀が月森の腕をぎゅっと掴んだのが分かった。また怒るかなと思ったけれど、朝賀は体を一層硬くしながら、月森のキスにおずおずと応えてくれる。
「ぁ・・・ふっ」
(こんなのも、朝ちゃんしか知らないよ、他の子にはしないんだから)
「つきもり、くん」
唇を離すと、少しだけ息の上がった朝賀が、いつものように月森の名前を呼んだ。月森はその音にはっと我に返って今にも押し倒しかけていた朝賀の肩から手を離して、ずずっと体を後退させた。朝賀と月森の間に丁度テーブルくらいのスペースが生まれる。
「・・・ご、ごめん・・・」
「え・・・?」
玄関でキスした時には怒ったのに、朝賀は月森が謝るのにぽかんとして疑問符を浮かべた。どうやらそれには怒る気がないらしい。何が良くて何がいけないのか分からないが、朝賀には朝賀なりの基準があるようだ。とりあえず朝賀の機嫌が悪くならなかったことには感謝をした。今日はこんなに機嫌が良くてにこにこしているのだ、珍しい朝賀のことをもう少し見ていたい。それに今日は月森も自分の中の制約がある。それをまた安易に破ってしまったことについての罪悪が、月森の口から零れて勝手に謝罪になる。
「ごめん・・・」
「な、何で月森くん謝ってるの・・・?外じゃないから・・・別にいい、よ」
言いながら朝賀は俯き、赤くなる。
(人が折角我慢してるのに、このひとは・・・)
ふっと溜め息を吐くと俯いた朝賀の肩がびくっと跳ねた。良くないことを考えているのだとそれだけで分かった。違うと言って慰めなければと思ったけれど、月森はそれ以上近づいてどうこうせずにいられる自信がなかったので、とりあえずその場所で座り直した。
「朝ちゃんあのね、俺、今日は夜まで朝ちゃんに何にもしないでいようって思ってたの」
「・・・え?なんで?」
「なんでって・・・だって折角朝ちゃんがはじめてウチ来るし、なんかそういうことしたら色々・・・」
「・・・いろいろ?」
「色々なし崩しになるって言うか・・・なんて言うか・・・」
口ごもりながらそう言うと、月森はまた少し体を後退させて朝賀と距離を取った。すると朝賀がくすっと笑い声を漏らして、月森は何だかとても恥ずかしくなって朝賀から視線を反らした。やっぱり今日は可笑しい、朝賀も可笑しいが自分も可笑しい。
「そっか。月森くんも色々、考えてるんだね」
「考えてるよ、そりゃ。俺、朝ちゃんとやりたいから付き合ってるわけじゃないから!」
「・・・うん」
答える朝賀の口元は笑っている。
「何でこんな時だけ笑って・・・」
「ごめん、なんか・・・月森くんかわいくて、つい・・・」
「止めてよ、かわいいとか鳥肌たつ」
「ごめんごめん」
謝りながらまた朝賀が笑って、月森は顔を赤くしたまま眉間に皺を寄せた。
(ちくしょう、夜覚えとけよ!)
fin.
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