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まぶしくてみえない

目を開けるとすぐ側で月森が眠っていた。朝賀はそれに毎回同じくらいの新鮮さで驚きを感じる。何度彼の傍で目覚めても、きっと同じように感じるのだろうと思う。起こさないようにゆっくりと体の向きを変えて、月森の眠っている顔を眺める。不思議だった。月森が静かに寝息を立ててすぐ傍で意識を離していることが、朝賀にはとても不思議でいつまで経っても信じられなかった。だからいつまで経っても新鮮な驚きとともにある。月森が起きて喋っている間は、余りその顔をじっくり見ることが出来ない。月森のその曇りのない瞳に真っ直ぐに刺さるように見られることに慣れないから、朝賀はすぐに目を反らしてしまう。けれど眠っていればその目は閉じられているから、月森のことを沢山近くで見ることができる。いつも起きるのは朝賀の方が早かった。月森は余り朝が得意ではないようで、用事がなければ昼近くまで眠っていることもあった。だから朝賀は飽きるまで、月森の寝顔を近くでじっと見ていられた。目を閉じて眠っていると、月森はいつもより少しだけ幼く見える。そういう時、朝賀は月森が自分より年下で、少しだけ嬉しく感じる。いつもは彼の輝かしい若さの前に、震えているだけだったが、眠っている時の月森は、若いというより幼いといった感じで、朝賀はそれが好きだった。 (起きないな、月森くん) いつもは見ているだけだったが、ふと思い立って朝賀は眠っている月森に手を伸ばして、前髪を少し触ってみた。柔らかい髪の毛だった。夏前に短くしたそれが、また少し伸びてきている気がする。色は茶色で、根元が少し黒くなってきている。短くした時少し照れたみたいに笑ってどう?と聞かれて、朝賀はなんと答えたらいいか分からなくて上手く言えなかったけれど、短いのも爽やかで良いと思った。長いのもそれはそれで好きだったけれど。前髪を少し触った後、指先の腹を頬に少しだけつけてみた。じわりと温かい。ゆっくり撫でると僅かに指先に産毛の気配を感じる。そんな風にゆっくりじっくり、月森に触ったことはなかった。朝賀は少しだけ嬉しくなって楽しくなって、そっと体を眠っている月森に寄せた。 「つかまえた」 すると今まで眠っていた月森の声が聞こえて、あ、と思った瞬間にはがばっと抱き締められていた。喉に声が詰まって息が苦しくなる。熱が顔中に集まって、焼けるように熱かった。 「つ、つきも、りくん!」 「おはよう、朝ちゃん」 「・・・お、はよう・・・」 にこりと笑って月森が言う。ぐるぐると目を泳がせながらとりあえずおはようと返すと、笑ったまま月森は、朝賀の前髪をそっと退かせて額にキスを落とした。それにまた顔を赤くし、朝賀はそろそろと視線を反らす。いつから起きていたのだろうと考えると、背中に冷たい汗の気配を感じる。 「朝ちゃん、何してたの?」 「な・・・なにもしてない、よ」 「嘘、別にいいのに。そんなにこそこそしなくても」 「こそこそ・・・してな・・・」 しどろもどろに答えると、月森は朝賀の腕を取って、やや強引に自分の上に朝賀を乗せた。図らずもマウントポジションを取らされた形になった朝賀は、赤い顔をして俯くしかなかったが、俯けば下から月森が見ているのと目が合って、いつものやり口が通用しなくて焦ってしまった。 「つ、きもりくん・・・」 「いいよ、触っても」 「え・・・え?」 「俺のこと好きに触っていいよ。朝ちゃんのことは昨日散々触らせてもらったし」 爽やかな笑顔を浮かべて月森はそう言ったが、朝賀は更に顔を赤くして月森と目が合わないように、垂直に俯くことしかできなくなってしまった。やっぱり眠っている間に触っているのがばれてしまっているらしい。いつから起きていたのだろう、いつもみたいに見ているだけにしとけば良かったのに、欲を出すといいことがない。朝賀はつくづく先ほどまでの軽率な行動を恥じて、更に後悔した。赤くなった後、青くなってまた余計なことを考えている朝賀のことを、月森は黙って下から見ていた。一通り自分の中で後悔が済んだ後、朝賀はパジャマ代わりのTシャツの裾を握って、ふわふわと視線を彷徨わせた。月森のそれに何と答えれば良いのか考えていたが、全くいいアイデアが浮かばなかった。いつものことだったが。 「朝ちゃん、ほら、遠慮しないで良いよ」 「い・・・いや、そういうつもりじゃ」 「じゃあどういうつもりで触ってたの?」 「いや・・・なんていうか・・・その・・・」 ふわふわと空中に朝賀が視線を彷徨わせているばかりで目が全然合わないので、月森は退屈になってきてだらりと力なくベッドの上に落ちる朝賀の手を取った。すると急に触れられて吃驚したのか、朝賀の体が跳ねたのが振動から伝わってくる。緩く握られた手をゆっくり開いた形にして、それをぴたりと自分の頬に触れさせる。朝賀の目が困惑したように月森を見ている。 「ほら、いいよ、こうやって触って」 「・・・―――」 やっと目が合ったと思ったら、朝賀はゆっくりまたそれを反らした。 「つ、きもりくん」 「なに?」 「目・・・閉じて、ほしい」 「目?あー・・・うん、わかった、いいよ」 朝賀のことを見られないのは残念だと思ったけれど、月森は言われるままに目を閉じた。月森が目を閉じて、朝賀は心底ほっとした。あのきらきらと光を取り込んで光る眼を、朝賀は愛していたが、同時にそれに見られることがとても怖いことがあった。だから月森が眠っている時は、少し寂しいけれど安心できる。朝賀の手を押さえていた月森の手のひらがそこからゆっくり離れて、朝賀は自由になった。指の腹を当てていた時よりも遥かに熱が伝わってくるが、それが月森の体温なのか、自分の熱なのか分からない。耳まで発熱している今、自分の熱以外を感知できなくて、朝賀は少しだけ混乱した。 「い、つから起きてたの」 「・・・んー、たぶん朝ちゃんが触った時くらい?なんかくすぐったくて」 「そう・・・ごめんね、起こして」 「いいよ、別に」 言われた通り律儀に目を瞑ったまま月森が答える。その頬をゆっくり撫でて、朝賀は手を離した。触ってもいいよと言われても、どこをどう触ったらいいのかよく分からない。いつも月森はどんな風にやっていただろうかと思い出そうとしたけれど、恥ずかしくなってすぐに止めた。逆効果だった。月森のいつものそれは多分自分がしたいこととは違う、ような気がする。 「・・・もういいよ、月森くん」 「え?もういいの?もっと触っていいよ」 ぱちりと目を開けた月森は、詰まらなそうに唇を尖らせて言った。しかしそう言われても、朝賀はもうどうしたらいいか分からないので、それに緩々と首を振った。 「いいのに、朝ちゃんはホント恥ずかしがりだなぁ」 「は、恥ずかしがりっていうかなんか・・・あ、ごめん、降りるね。重いよね」 言いながら朝賀が体を浮かせると、月森が上半身を起き上がらせて朝賀の腕を掴んだ。急に距離を詰められて、また朝賀の喉に空気が詰まる。 「じゃあ今度は俺が触る」 「・・・つ、きもりくんは昨日散々触ったからいいって・・・」 視線を反らしながら朝賀が言うと、腕を掴んだまま月森は楽しそうにふふと声を漏らして笑った。 「うん、でも気が変わった」 「なにそれ・・・」 「俺はいつでも朝ちゃんに触りたいよ」 「・・・―――」 言いながら月森はぎゅっと太ももの上に乗った朝賀のことを抱き締めた。 (・・・あ。こんな風に、すればいいんだ) 抱き締められたまま、朝賀もおずおずと月森の背中に腕を回してみる。腕に力込めてぎゅっとすると、月森が吃驚したように胸に顔を埋めている朝賀のことを見やった。視界にそれがちらりと映ったが、朝賀は知らないふりをする。見られるとまた熱が顔に集まってくる。 「朝ちゃん?」 そう言えばいつも腕を引いてくれるのは月森だったし、抱き締めてくれるのは月森だったし、キスをしてくれるのも月森だった。 (目を閉じて、なんて卑怯だな、月森くんは目を閉じていたことなんて、一度もない) それきり何も言わずに動かなくなってしまった朝賀のことを訝しがりながら、月森はその後頭部をゆるゆると撫でた。朝賀が急に黙ったり何かを考え込んで俯いたりする時は、良くない想像に頭を痛めていることが多かった。こんなにぴったりくっついていても、朝賀は急に不安になったりするのだ。月森にはとても信じられないけれど。何を考えているのだろうと、月森は何も言わない朝賀を抱き締めたまま思う。そればかりは朝賀が口を割ってくれないと分からないことだった。こんな風に抱き締めあっても、何にも分からない。分からないどころか朝賀を不意に良くない想像に追い込んだりすることがあって、そんな時月森はもうどうしたらいいのか分からなくなる。慰める方法が他には思いつかなくて、月森はただ朝賀の髪を梳く。 (僕は本当に、何も知らない。どうやって月森くんに触っていいのかも、分からない) (いつも君が与えてくれるものが、眩しくて仕方がない、怖くていつも目を反らしてる、ごめんね) (君は目を開けてちゃんと、それを見てるのに) (ごめんね) 背中に回した手にまた一層力を込めて、朝賀はぎゅっと月森を抱き締めた。それをちゃんと伝えることも出来なくて、分かっているのに直すこともきっとできない。また朝賀は月森から目を反らすだろうし、その眩しいものが時々怖くて受け取ることも出来ない。その間にも月森は、腕の中で何か得体の知れないものに急に怯えはじめた朝賀の髪の毛をゆるゆると梳いていた。 「朝ちゃん、またろくでもないこと考えてるでしょ」 「え・・・ろくでもないって」 「俺さー、もう最近朝ちゃんが何考えてるか段々分かるようになってきたんだよね。急に黙ったりする時はさ、決まって変なこと考えてひとりで落ち込んでる、違う?」 「・・・―――」 ふふっと耳元で月森の笑う気配がした。 「正解?」 「・・・変なこと、じゃないけど」 「変なことだよ、俺とこんなにぴったりくっついてるのに一体何が不満なの?」 「不満じゃないよ、不満じゃなくて・・・」 「じゃあもうそんなこと考えるの止めな。何考えてるのか分かんないけどさ」 「・・・でも」 「大丈夫だよ、朝ちゃん。きっと朝ちゃんが心配してるようにはならない、俺も朝ちゃんも、大丈夫だよ」 月森はにこりと笑うと、朝賀の前髪を退かせて額に唇をそっと寄せた。熱がそこから広がって、朝賀は思わずまたぎゅっと目を閉じてしまった。 (また君はそうやって) 慌てて目を開く。月森が優しい顔をして朝賀を下から見ている。意を決して朝賀は月森の頬に触って、ゆっくりと顔を近づけた。月森が少し驚いたように目を丸くする。いつも月森がしてくれる時、一体どんな風だったか思い出そうとするけれど上手くいかなかった。月森のそれに捉えられているのが耐えられなくて、目を閉じたいと思ったら、その時すっと月森の方が目を閉じて、朝賀はほっとした。心臓が耳の傍で鳴っているみたいに煩かったけれど、じれったいほど時間がかかったけれど、月森の唇にそっと触れて朝賀はゆっくり体を離した。月森が目を開ける。目を開けてまたその目にいっぱい光を取り込んできらきらして、笑う。 (まぶしい) 朝賀はそれに、思わず目を細めた。 fin.

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