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◆2 ep.1(後)

「リュカさん、此方へどうぞ。」 「あ、うん。」 初めてのヒートが来てすぐ売られたのだろう。エドガーの番のエリはまだ幼いけれど、しっかりした感じの子だった。 アメリアと訪ねたエドガーの家、エドガーの態度はいつもと変わらない、素っ気ない感じだったけど、エリはエドガーと上手くやっているようで良かった。アメリアがエドガーと仕事の話をしている間、エリと二人きりになったけど、もう此処での生活にも慣れたみたいで、レイラから頼まれた、獣人の番になったオメガへの、何か困った事があった時の支援についての説明もスムーズに終わった。 「じゃあ今は困ってることとかは無い?」 「あの・・・、不愉快な質問だったら申し訳ないし、でも、支障が無ければ教えて欲しいんですが、」 「うん?なぁに?」 「自分の他にも番が居る家の中って、どんな感じですか?」 「どうって・・・。同じオメガだから気に掛けてくれるし、二人ともぼくより年上だからかな?助けてもらう事の方が多いよ。子供も居るから賑やかで楽しいし。」 「・・・。そうですか。ありがとうございます。」 エリは納得してくれたのかよく分からない表情で頷いてみせた。オメガにしては珍しく育ちの良い子だし、別にヒト同士でも愛人が居たりするの、珍しくないって聞いたことあるけど、そういうの、気になる所なんだろうか。 「ぼく、エドガーってオメガのこと嫌いなのかなってずっと思ってたんだけど、他にも番作ろうとしてるとか?」 「そうですね、そんな気がしてます。・・・あの人、今までに特定の相手とかは居ませんでしたか?」 「うん。聞いたこと無い。オメガを連れ歩いたり一緒に暮らしたりとかしてないし、多分娼館で済ませてたんだと思うけど・・・。」 性欲が強い獣人の相手を一人でするのって大変だと思うし、もう一人は番を持ってもらった方がいい気がする。ぼくの知ってる限り、番が何人か居てもどの家も上手く回ってるように思うから。 「ありがとうございます。参考になりました。」 「・・・ねぇ、敬語、何とかならない?なんかそわそわする。」 「ですよね。気にしてるかなって思ってました。」 そう云ってエリは少し笑ってくれたので、ぼくはほっとした。 お礼を云ってくれてもなんか、考え事してる風だったから、明るい表情を見られて。 「あとは、気になる事は無い?」 「洋服とか、エドガーには自分で好きなのを頼むように云われたんだけど、ジルに貰ったカタログの物ってお願い出来る?」 「あ、うん。メモしてもらえれば。」 「じゃあお願い。でも自分でこういうの、選んだこと無いからよく分からなくて・・・。」 エリはうちのカタログを何冊か持ってきて、これとこれとこれと、って指さしていった。 ぼくも自分でこういうの選んだことってほとんど無いんだけど、エリの見立てはいい感じだった。大人しくシンプルなデザインで、着ている時のイメージも想像しやすい服だ。 「いいんじゃないかな。エドガーは落ち着いた色で上質な素材が好きだし・・・。あとは、もしちょっと違うデザインが気になるとかあれば、さっき一緒に来たアメリアが、その人の希望と似合いそうな物のバランス取るのが上手いんだけど・・・。」 「今日は大丈夫。あとは下着もなんだけど、」 「あ、うちからもプレゼントで行くと思う・・・。エドガーが怒るかも知れないようなやつだけど・・・。」 「へぇ。楽しみにしてる。」 エリは下着のカタログも持ってるみたいだから、うちが着るのは恥ずかしくて脱がすのが楽しいやつばかり扱ってる事にも気付いたと思うけど、笑いながらさらさらときれいな字で注文番号を書いてくれた。 「じゃあ、お願いします。」 「ありがとう。在庫があれば数日で届くから。」 「特別急いでないから大丈夫。・・・リュカ、モデルもやってたんだね。」 「うん。」 まぁ、この辺りのヒトと云ったら大体オメガで人の物だし、ジルとアメリアの頼みを断る理由も無かった。うちの為になる事だし、ぼくはカタログを見ないから照れる事も無いし。 「カタログ見てたらジルに色気が無いって云われた理由が分かった。」 「ジルがごめんね・・・。エドガーはそういうの、求めてないと思うし、エリの年でそこまで意識しなくて大丈夫だよ。」 「なら良いんだけど。」 ぼくはジルの好みで居られるよう、意識しなきゃいけないけど、エドガーはエリを選んだくらいだ。ジルとは違う、エリじゃなきゃダメだった理由がある筈だ。 でも、エリも色々考えなきゃいけない事があって大変なんだろうな。自分が、良かったと思える人に番にしてもらえても、相手に飽きられたりして捨てられたらオメガは終わりだ。エドガーもジルもそんな酷い事はしないと思ってるけど。そんな、考えるだけでとても恐いこと。 とりあえずぼくはこの子の力になってあげたいし、立場も近いものがあるから話をするだけでも楽しかったり、お互い楽になれるのかも知れない。 エリも、また来てねと云ってくれたので、会えて良かったんだと思う。エリが何度も考え事する顔をしてたのと同じように、ぼくもやっぱり、番のことを考えると色々悩んでしまうんだけど。 ジルがぼくを傍に置いてくれてるのは初めてヒートが来た時、近くに居たジルに縋ったからだ。思っていたよりずっと早く、ぼくの発情期が来なければ、適当な人を宛がう気で引き取り先を探してくれてたのに。 初めてのヒートの次の日、首に歯型が付いたぼくを見たレイラとアメリアにジルはすごく怒られてたけど、ぼくはこまかい事をよく覚えていない。ヒートの前触れだったのか、あの前後は高熱が出ていて、ジルの番になった後もしばらく調子が悪かったから。 だから、番ったのは事故みたいなものだし、15くらいまではぼくがヒートの時にしかジルは手を出さなかった。その後もヒートの時以外はレイラやアメリアと出来ない時の代わりだ。仕事のついでにたまに外で遊んできては口紅の跡だの香水の匂いだの付けて帰ってくる事もあるけど、番を増やす気は無いみたいで、ほっとしてる。 ぼくも誰かに大丈夫って云って欲しいな。今のバランスが崩れるのが恐いから。 でも、ジルに勝手にしろと云われたので、避妊薬を飲むのを止めた。そろそろぼくのヒートも近いんだけど、ジルは割と家に帰ってきているものの、忙しそうで全然話す機会も無いから、まだ怒ってるかも確認出来てない。 ヒートが特別妊娠しやすい時期とは云え、絶対孕む訳じゃ無いし、元々妊娠しやすい女体に比べると男体は子供が出来る可能性はちょっと低くなる。 ジルには好きにすればいいって云われると思ってた。 実際云われた感じでじゃなく、もうちょっと優しい云い方で。 そういえばぼくの誕生日と決めた日が近いし、プレゼント代わりにねだれば良かったのかも知れない。ぼくのほんとの誕生日は誰も分からなかったから、昔、ジルと会った日とジルが決めた。この家で人生を仕切り直せって云ってくれたから、ぼくもそうしたいなって思った。 あぁ、また仕切り直しかも知れない。ぼくの人生は。 「・・・だからね、エリは大丈夫そうだった。」 「良かったわ。ありがとう、リュカ。」 このまま職場に向かうと云うアメリアにエリからのメモを渡し、家の前で降ろしてもらって、レイラの部屋へ向かうと、やっぱり少し調子が悪そうなレイラは自分の部屋に居たけど、椅子に座って書き物をしていて、ぼくの顔を見るとお茶を淹れてくれた。 元々身体が強くないみたいだけど、レイラは末の子を産んでから一度体調を崩すと戻り辛くなった気がする。アメリアはいつも元気で動き回ってるけど、レイラは昔から儚げなんだよなぁ。ジルも目に見えて大事にしてるくらい。 「そりゃあジルももう子供、要らないよね。」 「リュカは本当に子供が欲しいの?」 「・・・ジル、怒ってた?」 「怒ってないわよ。多分悩んでるのね。ジルは貴方のこと、自分の子供みたいに思ってるみたい。何だかんだで、ずっと。」 「・・・・・・。」 ジルとレイラは、ぼくとはちょっと年の離れた兄弟くらいの差だから、親子と云うには近過ぎるんだけど。それにぼくがジルのことをどう思ってたかを考えると微妙だ。 レイラは同じヒトの子ってだけで昔から気に掛けてくれて、優しかったから、お姉ちゃんが居たらこんな感じかなってずっと思ってるけど、ぼくは親も兄弟も知らないし。ジルも昔は忙しくなかったからよく遊んでくれたり、勉強も見てくれたけど、レイラに対しての気持ちとは違う。 親代わりに育ててくれた人だけど、父親みたいに思ってた訳でもない。出会った時からずっと、特別ではあったけど。 「ジルは駄目とは云わなかったでしょう?ちゃんと可愛がってくれるわよ。あの人、兄弟も居ないし、何人居ても困らないわ。・・・それに、私は半ば義務感だったけど、貴方は違うみたいだし。」 レイラは静かに笑って、ぼくを慰めてくれた。ジルは困った事があったらすぐレイラは相談する。ぼくもそうだ。ジルの事ならレイラがよく分かってるから、レイラを頼りたくなる。 「ジルは私とアメリアには弱いけど、貴方には甘いから。大丈夫よ。」 「そうかな・・・。」 そう、レイラは優しい言葉で笑いかけてくれて、気持ちは少し楽になったけど、安心し切れないでいる。やっぱりジルの言葉が欲しくて。 ぼくがヒートの時、ジルにしか興奮しないのは番だからだって分かってる。でもヒートじゃない時もジルにしか触られたくないのは何でだろうって思ってる。 やっぱりジルとしかしたこと無い所為なのかな。他の人に触られたことやそういう対象に見られてた事くらいは、この家に来てからも来る前もあった筈なのに。 これは考えすぎちゃいけない事なんだって分かってるのに考えてしまう。 この世で一番傍に居たい人の傍に置いてもらえてる。よっぽどの事が無いと捨てられたりはしない。だからこれ以上は求めちゃいけないって、分かっているのに。 「ジル・・・?」 「今日は一段と匂いが凄いな。」 ジルは、ジルの寝室で服とか持ち物を散らかして、ジルの匂いがする毛布に包まったぼくを見下ろしながら顔をしかめた。 ヒートの時のフェロモンとか、自分じゃどんな匂いを撒き散らしてるのか分からないけど、ジルの匂いなら分かる。これはコロンとかの香りじゃないから、この部屋が一番落ち着かなくてお気に入りで、動けなくなる。 甘くて、重くて、お腹がジンジンして。 「ほら、来い。」 そう云われて手を引っ張られても動けず、ジルが傍に居ると熱が上がっていく感覚がして、抱き上げられるともうダメだ。 体温とか、直で嗅げる匂いに反応してどんどん濡れてく感じがする。身体を抱えられたまま、下着をずらされ、ジルに塞いでもらわなきゃいけない場所から、どろ、と愛液があふれるのが分かる。 「っ、ん・・・。」 「良い具合だな。一人でしなかったのか?」 「ね、ジル、ちょうだい、」 「ああ。嫌になるくらい仕込んでやる。」 いろんな感情がぐちゃぐちゃで、視界が滲む。潤滑油を使われなくてもびしょびしょの肉を指で撫でられてすぐジルが入ってくる、その感触だけで気持ちが良すぎて身体が震える。 でも、ぼくの反応には構わず突き上げられて、ジルの良いように動かれる。 「あっ、ん、ふっ、うん・・・!」 ヒートの時は本当に快楽しか無い。何もされなくても濡れて、一気に奥まで呑み込めるし、ベッドに押し倒されて、ジルのをギリギリまで引き抜かれては奥まで打ち付けられる。 いつもより射精は長くて、注がれる量も多いし、ぼくのいき方もどんどん変わってしまう。ジルが少し動くだけでもその動きに合わせてぼくも精液が出ちゃうし、中はジルの形がよく分かるくらい締め付けて、ジルの射精を促し続ける。 「ぅえ、えっ・・・、」 「リュカ、いい加減泣き止めないのか、」 「だってもう、どうしたらいいか、っ、分かんない・・・。」 こんなに気持ち良かったら感情なんて後回しで、言葉だって弱すぎて、ぼくが何で子供が欲しいのかジルには絶対伝わらない。レイラが掛けてくれた優しい言葉を信じたいけど、レイラもぼくに甘いから不安だし、やっぱりジルの言葉で聞きたい。 本当の気持ちを訊くのが恐くても、恐怖も恥ずかしさも飛んで訳が分からなくなるヒートの今なら口に出来る。ぼくとは違って全然動揺してないジルの顔だって、滲んだままだけどちゃんと見る事が出来る。 「ねぇ、ジル、ぼく、どうしたらいいの?」 「お前がやりたいようにやればいい。お前が何かねだるのは珍しいしな。孕みたいならしょうがないだろ。」 「でも、ジルの気持ち、分かんない、っ、もん、」 「お前は俺の事が好きだし、俺もお前の事が好きで、どうせ離れられないんだ。この先も変わらない。それでいいだろう?」 そうだ、何も変わらないで欲しいと思った。今までみたいに。 ぼくがジルに引き取られて、ジルとレイラが可愛がってくれてる中、アメリアがやって来て、ジルの番が増えても。ぼくまでジルの番になってしまって、他の番との間に子供が産まれても。何も出来ないぼくを傍に置いて欲しかったし、ジルの大事にしなきゃいけないものや守らなきゃいけないものが増えても、仕方なくじゃなくて、ぼくのこともちゃんと選んで、大切なものの中に混ぜておいて欲しかった。 ジルと番になったのも、事故とか本能とか、一言で片付けたくなかった。ぼくがオメガとか関係なくジルを好きだったこと、番う相手は誰だって良かったなんて思ってないし、ジルで良かったって思ってるって、分かって欲しかった。 だからジルが好きだって伝わってて、ぼくともジルともちゃんと繋がってる家族が欲しい事を許してもらえてるなら、もうこれ以上は無い。 でもダメだ、全然涙が止まらない。ぼやける視界でもジルに抱え直されて向かい合う形にされると、ジルが困った表情してるのがよく分かった。 「ったく、お前はよく泣くな。」 「っ、えっ、だって・・・。」 「ほら、続きがやり辛いから泣き止め。」 「もう一回、云って。」 「何をだ?」 「もう一回、好きって云って欲しい、」 ジルは、呆れた顔でぼくの涙を腕で雑に拭った。でもどんどん涙が出てくるから、全然視界が晴れない。ジルの射精はいつの間にか止まってたけど、気持ちいいのは止まらないから奥にもっと出して欲しい。 やっぱりぼくはぐちゃぐちゃなまま、ジルに、ぎゅうと抱きついた。もう子供じゃないから本当、理由とかきっかけが無いと自分からは抱きつけなくなってしまったから、久しぶりの気持ちで。 「今更なんだ。そんな言葉。」 「でも、云ってくれたこと無いもん・・・。」 「お前も無いだろう、そんな分かり切った事。」 まぁ、嫌われてるとは思ってなかったけど、ぼくはあまり好かれてる自信も無かった。ぼくがどう思ってようと、ジルにとってぼくは事故で番った相手で、見た目は好みだから成り行きで面倒見てくれてるんだろうって、ずっと思ってたから。ジルは使用人とかにも、自分のテリトリーの中に居る人に対して優しいし。 「お前は昔から大人しい割に手が掛かる。そもそも傍に置いておきたくない奴を噛む訳無いんだから気にするんじゃない。」 「っ、ジル、ぼくが子供欲しいの、自分のためなんだけど許してくれる?」 オメガとか関係ないと、特にヒトはお互いへの好意で結ばれて、愛情が理由で子供を作ったりするんだって昔、聞いたことがある。ぼくには関係ない世界の話なのに、頭の中にずっと残ってた。だからぼくもこの繋がりを大事にしたかったし、ジルにとっても特別だったら良いのにって思ってしまった。 そんな、ぼくにとっては大切で、ジルにもちゃんと伝えておかなきゃいけなかった事、ジルは、フンと鼻を鳴らして答えてくれた。 「お前の好きにしろ。俺も好きにやる。」 ジルがくれた返事はぼくを突き放すようなものじゃなくて、その証拠にぼくの頭にジルの手が回り、抱きしめられる。ぼくも、ぎゅう、と思いきり強く抱きついた。 なんか、泣きながらでもちゃんと笑ったのはすごく久しぶりだと思いながら。

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