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第2話
「断り慣れてんのな」
「え、別に? ただ、庚くんと一晩と言われてもね……他に答えようがないから」
不思議そうに返した禅一の態度に、なんて張り合いのない男なのだろうとため息が出る。
「……つまんね」
「庚くんは税理士っぽくないよね。よそでもそんな感じ?」
「禅一さんだけだよー。よそでは品行方正な津田さんで通ってるもん」
「じゃあ僕にも品行方正を貫いたらいいと思うよ」
「いやあ今更。俺と禅一さんの仲じゃんか……では浅見さん、ご希望の通り私は今後ビジネスライクに対応いたします……どう? どう?」
「……なんか違和感があるね。いいよもう、庚くんの好きにして」
禅一と庚はカフェを開いてからの付き合いだが、単なる個人事業主と税理士の間柄とは言い切れない。税理士としては月に一度の来訪だが、仕事の合間に客として立ち寄るし、たまに一緒に飲みに行くこともある。
最初の頃は確かに品行方正だった。時が経つにつれこんなふうになってしまったのは、酒が入った時に一度庚が壊れたからだろう。あそこからお互い気を使わなくなった。
「でも真面目な話、たとえばSNSで宣伝するとかさ。アカ作って、店の紹介とかして。禅一さんが顔出しすれば集客率アップ間違いなし」
「アドバイスはアドバイスとして受け取るけど、庚くんは税理士であって、経営に口出す必要はないんだよ。大丈夫、店の方が赤字になっても、別のとこで帳尻合わせてるから」
「兼業の翻訳っすか。俺正直そっちの方把握してないんだけど、偽名使って書いてるん? ていうか確定申告に必要なんだから把握させて」
偽名と言われて禅一は微妙な顔をした。
「わかった、あとでそっちも任せるから少し時間くれる? 一応は混ざらないように口座別にしてるんだよねえ」
「結構収入ある?」
「懇意にしてる編集さんが仕事回してくれるから、まあまあの収入にはなるよ。小説だけじゃなくて、名前の出ないこまごました仕事も馬鹿に出来ないし。僕は、ほんと英語とは相性良かったんだ。他はあんま駄目だけど。特に数学と体育」
「その編集って、女?」
「そうだね、女性だけど……それが何か?」
「寝たりすんの」
「……え、なに。僕がそういう営業してると? 庚くん失礼じゃない?」
禅一は眉を寄せて抗議する。しかし庚は詫びることもせず、ポケットからタバコを取り出す。
「あ、うち禁煙なんだよね。店にヤニ付くの嫌なんで」
「はっ? 自分だって吸ってるじゃん」
「僕のは電子タバコ。タール0」
禅一はにこりと笑みを浮かべ、庚の手から昔ながらのタバコを奪う。
「いつから電子タバコにしたん? 前は普通の吸ってたりした?」
「そうだねえ。軽いの吸ってたけど、店開いた辺りでシフトしたかな。だからまだ一年経ってない。すぱっとやめるのが一番なんだろうけど、やっぱり何もないと口寂しいんだよね」
しみじみと言いながら、禅一はこれ見よがしに電子タバコを口に咥える。白い水蒸気が上がり、微かな匂いが宙に漂った。
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