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第4話
数日前の夕方。
サラリーマン風の一人客が古民家カフェ・ヒトエの奥の席に座っていた。男はメニューに目を落として、店主である禅一を呼ぶ。
「この、プラス100円の店主10分てやつ、試しに頼んでいいですか」
禅一の遊び心で、下の方の目立たない場所にオプションメニューを用意してあった。たまに注文がある。
「どういったことをご所望ですか? お話するか、ちょっとしたゲームするとかになりますが」
男性にオプションを頼まれたのが初めてだった禅一は、内心戸惑っていた。
「うん、話したいかな……ちょっと色々。10分で済むかわからないけど。駄目でしょうか」
「いいですよ。途中他の対応で離席させていただくこともありますがよろしいですか?」
「はい」
「では、お飲み物はどうされます?」
「ブレンドコーヒー、ホットで」
「かしこまりました」
にこりと笑んで一旦下がった禅一は、少しして男と自分のコーヒーをトレイに載せて再びやって来た。
「前失礼しますね。ブレンドコーヒーお待たせしました」
「どうも……」
「僕はここの店主の浅見禅一です。お客さまはなんとお呼びすれば良いでしょう?」
「七尾 です」
「七尾さん……、あ」
その名前に禅一は何か思い当たる節が合ったようで、一瞬停止する。しかしすぐに取り繕い、言葉を繋げた。
「では七尾さん。何かお話したいことございますか?」
「その前にちょっと……浅見さん。失礼ですが、眼鏡外してみて貰ってもいいでしょうか」
「はい?」
「ちょっとだけ」
禅一は視力がかなり悪く眼鏡を掛けていたが、仕方なくリクエストに答える。
「はい、こんな感じです」
「ああ……やっぱり。ありがとうございます。もう大丈夫」
「あ、もう良いです?」
なんだったんだろうと疑問に思いながらも眼鏡を掛け直す。目の前の七尾は、禅一の顔をじっと見つめながら、ため息をついた。
「えー……なんでしたっけ。僕の顔に何かついてます?」
「あ、違うんです。すみません不躾に……実は、ですね。俺には付き合ってる人がいまして……いや、正確には、付き合ってた、と言った方が良いのか……」
言いにくそうに話し出した七尾は、コーヒーに口を付け、言葉尻を濁した。
「仲違いでもされたんですか?」
「……です。まあきっかけはつまらないことなんです。だけど少し距離を置いて頭を冷やそうと思っているうちに、なかなか連絡しづらい状況になってしまい……」
「相手の方からもご連絡はないんですか?」
「一向に」
七尾の声はどんよりと重い。ああ、これは10分では済まないな、と禅一は思ったが、顔には出さないでおいた。
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