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『嘔吐』第2話

「ぜんじろーくん、お店の迷惑ですよ」 「……ッ、てめー、には、もうかんけー…ねーっ、でしょ、」 「関係あります。ここは私のテリトリーで、私が常連として通っている場所なので。元だとは言え私の恋人が酔い潰れて迷惑掛けた、だなんて話になったら私の立場が悪くなります」 呆れも苛立ちも何もない淡々とした声色で傷心中の俺の心の傷を更に抉ってくるこの声の主を俺は嫌という程知っている。 でも、相手の事なんかちっとも考えずに腕を掴み上げて無理やり引っ張り出そうとするなんてちょっとばかり強引過ぎるんじゃねーですかね。 ふぅふぅと浅く息を繰り返しながら突っ伏した儘でどれだけの時間がたったか、全く以って見当もつかないが、閉店の時間まではまだ余裕があるだろうと周囲の状況から察する。 本当に迷惑を掛ける前に迎えに来た、とかそういう甘やかしとかお情けではなさそうで、このまま引っ張り出されたらそのまま人気のない路地裏か何かにほっぽり出されて捨てられてしまいそうだ。 第一、まだ余裕で体の中に居座ってるアルコールが動く事を拒絶している。文句の一つ二つ言い返そうにも、セオさんが言う事はどれも正当な事で、おまけに口から洩れるのは苦しさを露呈する様な吐息ばかりで悔しい。 「タクシー待たせてんだから、さっさと動いてくださいよ」 この青二才が、と俺にしか聞こえない様にわざわざ耳元で囁かれた言葉にすっかり打ちのめされて、酔いとかではなくて、ぐらりとして真っ暗だった筈の視界が真っ白に染まった。 もう無理だって限界だって、涙腺が緩んでもうちょっとで情けない涙が流れる寸前で、強行突破とばかりに無理矢理引っ張り上げられて担がれた所為で、吐き気までもが襲って来た。 足が縺れて自分が歩けているのかどうかもあやふや。目を開くのも到底無理でもう何がなんだか理解しがたい。多分セオさんに引き摺られてる。 お会計が、と口にする前に頭上から「ツケで」という声が降って、容赦ない自己嫌悪が吐瀉物と共に喉元まで込み上げてきたのを口元を押さえる事でどうにかやり過ごした。 「絶対タクシーでは吐かないくださいね、絶対」 念押しされた後で乱暴にタクシーに押し込まれて勢いそのままにシートに倒れ込む。 外から相変わらず淡々とした声色で聞き取れない程に早口で手短に行き先を告げたセオさんが乗り込んでくる事はなかった。 残酷にも扉が閉まる音をとてもとても遠くに聞いた。 セオさんの声は例え耳元で囁かれなくともとても近くに聞こえて、脳内に響いてきたってのに、どうしてセオさん以外の音や声はこんなに遠いのだろうと自分自身に嫌気がさした。

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