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『嘔吐 -Another-』第5話

腕の中の体温はいつまで経っても落ち着かない。苦し気に呼吸を繰り返し、それでも僕の言いつけを守ってイイコにしている。 なんて、彼の事ばかり考えている僕も到底眠れそうにない。眠気がない訳ではない、眠ってしまいたい、だけど。 「寝ちゃったんすか。……セオさんはずりーです、本当に。俺は寝れねーすもん。まあ、起こすつもりでこうして喋り掛けてるんすけど。何なんすかね、どうしてくれるんすか。ヤりたくて仕方ねーのどうしたらいいんすか。せめてそれくらい教えて下さいって。心臓痛いです。苦しいです。好きすぎてやばいです。ねえセオさん、好きです、大好きです、いちばん好きです」 胸の中から聞こえる独白に薄目を開ける。暗がりの中で曖昧な視界には相変わらず痛んだ金髪がぼんやりと映って、重たい瞼で何度か瞬きをしている内に、ぐずと鼻を啜る音が聞こえた。 ──…、全く、もう。聞き分け、良いんだか悪いんだか、全く、もう。 思わず漏れた大きな溜息にびくりとする彼を拘束していた腕を少しだけ緩めて頭を撫でる。 今度は無反応なのが物足りなくて襟足を指に絡めて引っ張ると顔を上げた彼の瞳が揺れていて僕の方が観念した。 慰めるみたいに、求めているみたいに。その両方を含んだ接吻を施して、さっきよりもずっと熱く火照った口内をじんわりゆっくりと味わう。舐め這わせる感触が余りにも心地好くて、深い味わいが舌から脳に伝わって痺れる。互いに必死な筈なのに、とても静かだ。愛はこんな所には隠されていない。でも、確かに手探る先に愛の風味を感じた。 「“えっち”は今日はしません」 断りを一つ。自戒を一つ。二つを混ぜ合わせて言葉にしたら、文句ありげな瞳とかち合って口を塞ぐ。 だけど黙ったのは一瞬だけで、直ぐに非力な抵抗を見せる彼をぐっと抱き込み直して胸元に顔を押し付けさせる。 聞こえますか、僕の音。 僕だって我慢、してるんですからね。 押し黙ったのをいい事に、最早本能の赴く儘に彼の下半身へと手を滑らせる。タイトなジーンズ越しに骨張ったラインを撫でて、手探りながらに、妙に研ぎ澄まされた感覚が的確にボタンを外してファスナーを下ろす。 汗ばんで湿気を帯びる布を潜り、既に硬く反り立つ熱の先端を掌で捏ねくる。 「そ、こ…あ、や、ばっ……ぁ、は、」 「うん、びくびくしてる」 「ッ、あぁ……は、ぁ、はンっ」 初めて触れた、それだけでもう昂ぶるのに、余りに可愛く鳴くから興奮がぞくぞくと背中を駆け抜けていって、その余韻が痺れを呼ぶ。ぱんぱんに張り詰めた玉を揉み上げて弾力を楽しんだ後で、裏筋に親指を宛がい人差し指と中指で先端まで扱き上げると先端から雫が溢れ出た。 「や、だッ……も、あ、はッ、ッ」 「早いよ。でも、まだダメ」 「ッ、」 くぐもって掠れて、最後の方はもはや声すら出ていない彼を限界まで追い詰めるのも悪くはないけれど。自らの下腹部の疼きと痛みも無視できない。 かつてない程に急いていて、覚醒し過ぎたギラめきの中で、疎ましい彼の下半身に引っ掛かった全てを取っ払った後で仰向けに転がす。それから、かつてない程のスピードで下着ごとジーンズを脱ぎ捨てた。 一瞬、確かに身を固くした彼の想像の先は安易に察したけれど、許されるなら、可能なら、その恐怖が入り混じった期待に思いきり応えてあげたいけれど。 すぐに首に絡んだ腕が確かに僕を求めている、それだけで今は十分だから。 「握って。一緒に」 「ン、はッぁ、あ……ンン、っ」 「うん、気持ちいー、っ」 素直に握り込まれた肉棒が、同じように反り立つ熱と触れ合ってじんじんと脳が痺れる。蕩ける。 額同士を押し当てると視界一杯が彼で埋め尽くされて。きつく目を閉じて快楽のその先を求める表情を見詰め続けるには刺激が強すぎて。 同じように目をきつく閉じて二人分の肉棒を二人で握り込んで、にちゃにちゃと音を立てて扱き上げたら、普段よりうんと早い速度で限界が迫ってくる。 こ、れや、ばい、……──。 目の前がバチバチと明滅して、くらくらすのを堪えながら、彼の耳元に唇を寄せる。 ──……、イっていい? 最早呻きに近い問いに、こくこくと頷く彼の同意のすぐ後で、腰を振って互いの其れを擦り付け合い始めたのはどちらからともなく。 汗を滲ませて、漏れる吐息には温度が篭り過ぎている。 達したのはほぼ同時。 「──……ッ、は、」 どぷ、どぷ、と脈打つように溢れ出た二人分の白濁が指に滴る。 余韻に浸る間もなく一瞬にして現実に引き戻されたのはどうやら僕だけのようで、達くと同時に意識を繋ぎ止める糸が切れたらしい彼はすぅ、と小さな寝息を立てていた。 「……もう、本当にしょうがない、」 夜更けの溜息も、もう彼には届いていない。 ヘッドボードからティッシュを取り出して後始末をした後で、髪を搔き乱す。 脱力感を背負いながらも、熱が冷めた頭はすっきりとしていて、緩慢な動きでクローゼットから下着と部屋着を引っ張り出して身に付けた。 彼のは、……──いや、もう、面倒臭い。 もう1セット、自分の下着と部屋着を引っ張り出して、深い所に堕ちてしまって到底目覚めそうにない彼に身に付けさせて隣へ寝転んだ。 朝、起きたらちゃんと、……──。 普段よりほんの少し早く目が覚めて、薄らぼんやりと朝陽を浴びる寝顔を見て、あぁ、幸せが寝てる、なんて呆けた事を思ったのも束の間。何の気なしに触れた頬が、昨夜と変わりなく、いやそれ以上に火照っているのを感じるや否や急速に覚醒していく脳が異変を確かなものにしていく。額に触れると、じとりと汗ばんでいて、ひどい熱で。 「──……、じょうだん…でもなさそうですね、」 日曜日だから病院は開いてない。冷蔵庫の中には水くらいしか入ってなかった筈で。米は炊けば大丈夫。嗚呼、でもこういう時どうするんですっけ、薬……? 動転を抱えて、とにかく起き出してリビングに向かってはみたものの、何から手をつけたら良いかわからない。 そうだ、薬。風邪薬。確か以前飲んだのがどこかにあった筈。一緒に熱冷ましのシートもあったような。 台所の戸棚という戸棚を開けて、テレビ台の引き出しを開いたり閉じたりを繰り返すけれど見つからない。 とりあえず米を炊いて近くの薬局にでも買いに行こう、それが手っ取り早い。 そんな風に考えた時だった。 ふと床が軋む音がして振り返ると彼が覚束ない足取りで立っている。手元にはスーツとYシャツ。 「、ぜんじろーくん、?」 「……なん、すか。おはよーございます。遅刻するんで用意しねー、と」 寝惚けているのか、熱で浮かされてるのか、酷い声で頓珍漢な事を言う彼に駆け寄ると瞳が揺れていた。 確かに僕の方を見詰めている筈のその瞳は、僕を見ているようで僕を透かしてもっと奥を見ているようで、虚ろだ。 「荷物、とか。なんだ、仕事、終わってから。なるべく早く、纏めて。そんで、あの。なるべくセオさんに、その、迷惑とか、あんまり掛からねー、ように、」 上手く言葉を掛けられずにいる僕を余所に、つらつらと並べられる言葉は彼が出て行こうとしている事を示唆している。 「違う、そうじゃなくって。今日は日曜日だから、ぜんじろーくんも僕も休みですよね。着替えなくていいので、一刻も早く寝室に戻って下さい。──……熱があるって自覚、ないんですか?」 はっ、とした表情を浮かべた後で、小首を傾げる彼がそのまま意識を失うのがスローモーションで流れた。 膝から崩れていくのをどうにか抱き留めて体を支えて声を掛けてみたが応答はない。 ──……無理、しましたしね。

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